―目を覚ませ、七人隊。
(…声が聞こえる…)
―行け、わしの僕として
(行くって、どこへ)
―蘇れ、蛇骨…!

キーン―…


白き山の麓で




「おい蛇骨、女は殺すなっつってんだろ。酌させる女がいないんじゃ何のために生き返ったのかわかんねぇよ」
「…兄貴、そんなことのために生き返ったのか?」
「さぁな、俺たちが何故生き返らされたかは知らんが、どうせなら楽しみてぇじゃねぇか」
なあ?と笑いかけられ、引きずってこられた村娘はたちまち震え上がった。
そんな様子を蛇骨はつまらなさそうに見やる。
「楽しむっつーなら俺は早く犬夜叉に会いてぇんだけどよ」
「今は動くなと言われているだろう」
「…奈落にか」
「ああ」
「信用してるのか?」
「…まさか」
それだけ呟くと、兄貴―蛮骨は見目のいい女を二、三人見繕ってその場を離れた。
(…俺たちは…俺はいったい何のために生きているんだ?)
蛇骨は立ち去る蛮骨の背と、自分たちがたった今焼き払った村をしばらく眺めたあと、ふらりと立ち上がると、何かに突き動かされたように突如その場を駆け出した。


(琥珀…)
奈落の消息を追い、訪れた白霊山という山は、完璧なまでに清廉な場所であった。
そこでは邪なものは一切受け入れられない。
そのため奈落は「七人隊」というもと(・・)人間の刺客を用意してきた。
そう、『人間の手駒』をだ。
これから法師と二人で白霊山へ向かうが、七人隊の他に、人間である琥珀が出てくる可能性は高いと法師は踏んでいるようだ。
珊瑚は複雑な表情をたたえ、柔肌を浸す冷たい水に身を震わせた。

霊山に入る礼儀として、珊瑚は霊山の麓にある湖で身を清めていた。
最も本当に清める必要があるのは、人間でありながら霊山の霊気に当てられていた法師の方なのだが。
彼はどうやら、法師らしく座禅を組み、黙祷することで心身を統一しているようである。

―しゃら…―
(!)
「何者!」
金属音の聞こえた方へ仕込んでいた苦無を投擲する。
例え着物を脱いでいてもいくつかの隠し武器は身に着けている。
「…またあんたかい」
木陰から姿を現したのは、七人隊の一人、蛇骨だった。
その手には蛇のように刃が曲がった奇妙な刀を持っている。
「お前は!」
珊瑚の表情が厳しくなり、じりじりと後ずさる。
一糸まとわぬ姿では分が悪い。
とにかく身を覆わなければ、と気ばかりが逸る。
「…あんた、本当にムカつくな」
そんな様子を遠巻きに見ていた蛇骨だが、突然顔を歪め、呟いた。
そして珊瑚の焦りをあざ笑うかのように、一瞬にしてその距離を詰める。
(速い―!)
犬夜叉たちは近くにいるはずだが、助けに来る気配はない。
白霊山を前にして妖力が弱まっているのだろうか。
「女は嫌いだ。死ねよ」
僅かな逡巡の間もなく、吐き捨てられる台詞。
理不尽に突き付けられる要求に珊瑚の眉がカッと上がった。
「何故女を目の敵にする!」
「…別に。犬夜叉と一緒にいるのが目障りなだけだ」
カツンッッ
蛇骨が少し目をそらしたすきに、珊瑚は着物を羽織り、そして同時に刀を突きだした。
がしかし、見事に蛇骨刀で受け止められ、さらにその切っ先は珊瑚のふくらはぎを僅かに掠っていた。
「くっ」
「なんだその顔、女のくせに歯向かうんじゃねぇよ!」
蛇骨が突如激昂した。
しかし珊瑚も負けじと、言い返す。
「女とか男とか関係ないだろう!」
「関係ある!」
先ほどまでとは明らかに異なる、ドスの利いた低音の声音に、流石の珊瑚も一瞬びくりとなった。
「…どいつもこいつも女じゃないってだけで俺を受け入れないんだ…分かるか?」
「…なに?」
(おいおい何だよ今になって…)
生前の記憶がフラッシュバックのように、蘇ってくる。
男に生まれ、そして、愛を注ぐのも男だった。
ただそれだけなのに異質なものとして、社会から疎まれる。

「だから女は殺すことにしている」
「…逆恨みだ」
目の前の女は綺麗な顔で、強い意志で歯向かってくる。
それに苛立ち、罵倒してやりたくなった。
「そんなこと言って、女として悦びを享受してんだろ?」
そのセリフに珊瑚の眉がひそめられる。
「そうだ…あの法師と毎晩よろしくやってんだろ」
と、下卑た笑みで見下ろした。
「!よ、よろしくなんか…」
(何だ、何も知らないような顔をしやがって…)
珊瑚は、敵の前で冷静を保とうとしているが、明らかに動揺が隠しきれていない。
思っていたものよりも清い反応をされ、蛇骨は顔をしかめた。
そして今まで自分が通ってきた汚い道を思い返し、無性に腹が立ってきた。
(おぼこい女だな)
この無垢な女を泣かせてやりたい―汚してやりたい。
ふと、そんな衝動に駆られた。
「あれ?俺の見立てじゃあの法師手早そうなのに、あんた手つけられてないのか?かわいそうだな」
「…」
「殺すのは止めた。お前が可哀そうだから…その代わり、」
「…莫迦にすんな」
「あ?」
「んなこたあたしだって分かってる!」
「おっと」
珊瑚は蛇骨の胸元に掴みかかり、そのまま押し倒した。
彼の着物がはらりと肌蹴る。
「粋なことするね〜」
ふっと笑った蛇骨は襟元を掴んでいた手を逆につかみ、そのまま体勢をひっくり返した。
今度は珊瑚が下敷きになり、その体に蛇骨が乗り上げている。
「これでも体は男なんだぜ」
「な…!」
「女の泣き叫ぶ顔が見たいなんて思ったのは初めてだ…」
「や、やめろ!」
蛇骨は愛刀をこれ見よがしにことさらゆっくり舐めるとその刃を珊瑚の頬に触れさせる。
そして急ごしらえで結ばれた帯をしゅるりと抜き取った。
そのままその指で珊瑚の躰の輪郭をなぞる。

「ん…」
「何だよその声…」
「…」
襟元を開くと、現れた豊かな胸
そっと目を細めると、その片側のふくらみに唇をつけ、柔らかく吸う。
「…こんな綺麗な体をしていたら……っ!」
蛇骨はうめき声をあげると、陶酔したように珊瑚を見つめていた瞳を大きく見開いた。
彼の背中には珊瑚の腕に隠されていた短刀が刺さっていた。
「てんめっ、調子に乗りやがって!」
蛇骨の力が緩んだうちに珊瑚は素早く体勢を立て直し、簡単に帯を結び直す。
「お前が、血迷ったからだろっ」
「こんのクソアマァ!」
と繰り出された蛇骨刀の攻撃を、間一髪で拾い上げた飛来骨で防ぐ。
「言っとくけど、女だって辛いこといっぱいあんの!だから、男も女も関係ないっ!」
「珊瑚!」
珊瑚が飛来骨の影から長剣を投げたのとようやく異変に気づいて駆けつけた仲間が声を上げたのは同時であった。
「あ、てめ蛇骨!」
その相手に気づき犬夜叉と法師が少々青ざめるも、拍子抜けなことに蛇骨は一瞬そちらに目を向けただけで、大人しく去って行った。
「珊瑚ちゃん大丈夫?怪我してるじゃない!」
「かすり傷だ…」
と肌蹴た着物を手繰り寄せる襟元から一瞬見えた白い乳房に、明らかに誰かにつけられた跡が残っているのを弥勒は見逃さなかった。

(クソ、何だってんだ…)
『男も女も関係ない!』
最後に放たれた珊瑚の台詞と顔が脳裏から離れない。
あまりにも眩しい、光のような。
己の下でなすすべもなくあられもない姿になっていた珊瑚の肢体と声も蘇ってくる。
(本当に、あの女は腹が立つ…)
「おい、蛇骨今まで何してたんだ。」
振り返ると蛮骨や煉骨の兄貴、銀骨が並んでいる。
「銀骨…また改造したのか?」
蛇骨はふらりと立ち上がった。
(生きてやる―今度こそ。)
あの力強い少女に触発されたかのように、蛇骨の目にも光がみなぎっていた。


「大丈夫か、珊瑚?」
「あ、ああ」
白霊山で弥勒と二人きり。
雲母すらいない。
なのに思い返されるのは…
「…蛇骨に何もされなかったか」
「え」
振り返り、問いかける弥勒の声は気遣いに満ちていたが、その瞳には何も浮かんでいないように見えた。
珊瑚は少し震える。
「…本当にかすり傷だけで済んだよ」
「…そうか」
別に隠すことではない。
ただ、なんとなくすべてを話すことは躊躇われた。
再び前を向き、歩き始めた法師の後ろを珊瑚は黙々とついていく。
(…女だからって思い通りになんかならないんだから)
小さくため息をつき、そして気持ちを切り替える。


ここは妖怪の立ち入れない清廉な霊山。
そして多くの謎が浮上している。
そこには一体何が潜んでいるのか。
弥勒と珊瑚、二人の仕事はこれからだ。






あとがき
なんだろこれ。
七人隊って初めて書いた!わーい!
ほぼ法師出てこないゴメンな法師!
お前がなかなか告白しないから悪いんだぞ!


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