ぬ 糠に釘


まったく効き目がない。

いくら鋭い瞳で睨んでも、いくら張り手をくらわせても、いくら飛来骨で殴打しても…
あの人はあたしのお尻に手を伸ばしてくるし、かと思えばどこぞの女たちと戯れている。
いくら押せどもまったく振り向いてくれる気配がない。
「はー。無駄だ…」
珊瑚は憂鬱さを眉根にのせて一人晴れ渡る空を見上げていた。
「みゃ〜」
一人と一匹。
いったいこのもやもやした気持ちは何なのだ。
どうあがいても手ごたえがない。
―あの人は捕まらない。
「…って捕まえてどうする気なんだか」
再びため息をついた珊瑚の顔を上げた先には大きく枝葉を広げる樹木の下で手相見を行っている法師の姿。
当然と言うべきか周りにはおなごが溢れている。
それを見てむっとするも今日は押してみる気になれない。
「ふぁ〜」
小さく欠伸をすると雲母がとことこと歩き出した。
ちらっと振り返り、珊瑚を誘導する。
その意味を察し珊瑚はにこっと微笑んだ。
「ありがとね。雲母。」
雲母が嬉しそうに鳴き、珊瑚はその後ろをついていく。
間もなくさほど離れていないものの、人目につきにくい物陰に到着した。
雲母が巨大化しそっと横たわる。
珊瑚はその体躯にもたれかかると、ほどなく小さな寝息を立て始めた。

「ん…」
どれくらいそうして眠っていたのだろうか。
ふと目をさまし、薄目を開けると果たして目の前にはかの法師の秀麗な顔があった。
「うわぁ!」
「目が覚めましたか?」
「え、ちょ、何してるのさ!」
珊瑚の抵抗を蚊ほども気に留めず彼女のおでこに手をあてる。
「熱もなさそうだし…単なる昼寝ですね。」
「ひ、昼寝くらい自由にさせてよ!だいたい法師様は女たちと戯れていただろう?」
「やきもちですか?嬉しいですな〜」
「そんなんじゃない!」
本当にうれしそうに微笑まれるとこちらが照れてしまうではないか。
「いえ、急に珊瑚の姿が見えなくなったので、探してみたらこんなところで倒れているでしょう?雲母が一緒だったので大事ではないだろうと思いましたが、体調が思わしくないのかと心配しました。」
急に真摯な態度で告げられ、本当に心配してくれていたのだろうかと錯覚してしまう。
「…他の娘たちよりあたしを選んでくれたんだ…」
「え?」
「!ごめん!間違えた!深い意味はないっ」
思わず出てしまった言葉に弥勒が目を丸くする。も、すぐに優しい目に戻る。
「当たり前でしょう。…仲間なんですから。」
「…うん。そうだね。ありがとう」
にこっと笑う珊瑚はたいそう愛らしく、先ほどまで見つめていた無防備な寝顔を思い出し、思わず顔をそむけてしまった。
「法師様?」
「…何でもありません。そろそろ戻りましょうか」
「うん」
歩き出した法師の後ろを小さな足音が二人分ついてくる。
(『仲間』で満足なのか…)
自分で言っておきながら、なんだか切ない気持ちになる。
その背中からは優しい気持ちがにじみ出ていた。
それを感じ珊瑚は笑みを深くした。
(たまには一歩ひいて、心配させてやるのもいいかも…)




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押しでダメなら引いてみろ!




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