清らなる娘


例えば満開に咲き乱れた桜の花弁が、風に吹かれはらはらと舞い踊る様は、人の心を色めき立たせ虜にすることだろう。
その様を美しいという。
一方で、淡い色をたたえた桜を弱雨がしっとりと濡らしていく情景に人々は思わず感嘆し、心洗われる心地に浸る。
これもまた、美しい、と形容する。

珊瑚は美しい。
その美しさを桜で例えるなら、咲き誇る華やかさよりも雨にけぶる儚さに近いように私は思う。
清楚で、可憐で、燃えるような魂を持ちながらどこか朧げで。その容姿の美しさはきっと内面のうつ…
「…さま!法師さまったら!!」

ばっちーん

「たたた…おや珊瑚。どうしたんです?」
「どうしたんです?じゃないよ。怖い顔であたしのことじーーっと見てただろう。…何考えてたのさ」
どうやら珊瑚の顔を見つめながら、その美しさについて延々と考察していたらしい。
「…困りましたな。最近こういうことが多くて。」
「は?なにが?」
ため息交じりに首を振る弥勒を、珊瑚は怪訝そうに見やった。
先日思いを告げてから、珊瑚についてあれやこれと考えてしまうことが多々ある。
危険な戦いの旅だ。本当はそのような余裕はないはずなのだが…
過酷な運命を抱えているとはいえ、法師はもとより楽観的な性格である。
「まあ仕方のないことですねえ」
と、眼前で戸惑った表情を見せている娘ににこりと微笑んで見せた。



一行は大きな街にたどり着いた。
街は整備され、栄えているように見える。
「奈落の手がかりはなさそうだな。次へ行こうぜ。」
と、犬夜叉が大して興味もなさそうに先を促したのだが、他の面子が一斉に彼を振り返った。
「、なんだよ…」
犬夜叉は一瞬気圧されるも、負けじと皆を睨み返した。
「最近、野宿が続いてるわよねぇ…犬夜叉。」
かごめがふぅ、とため息をつく。
「おら、腹いっぱいあったかい飯が食いたいのう」
彼女の自転車のかごから少し悲しげにつぶやくのは七宝である。
「…そういえば、補充しておかなければならない薬や道具があったな」
その隣に立つ珊瑚は、真面目な表情で言葉を繋ぐ。
「そろそろ懐が寂しくなっているな…」
極めつけに法師が懐を探ると、最後に「みぃ〜」と愛らしく猫又が鳴いた。
つまり、久しぶりの人里、それも大きな街ということで、用事をこなしがてら休息したいというのである。
「だあーっっ分かったよ!好きにしろ、好きに!」
「やったー」
皆の視線に犬夜叉が折れ、かごめと七宝がハイタッチをした。

「とはいえ、手元の銭が心もとないのは事実です。行きますよ、犬夜叉。」
「行くってどこへ…」
「銭稼ぎです。妖怪退治でも力仕事でも。かような街ですから、何かしら見つかるでしょう。すぐにお金を作ってきてあげます。かごめ様と珊瑚は欲しいものでも探しておいてください。」
言いながら法師は、魅惑的な笑顔を浮かべた。
「弥勒様さすが頼りになるー!一家の大黒柱って感じ!」
即座にかごめが反応し、弥勒を称える。
その発言に大した意味はないのだが、例え仲間とは言え、かごめが自分以外の男をよく言うのが気に入らない犬夜叉がむすっとなる。
弥勒は小さくため息をつきながら、そんな犬夜叉を無理やり引きずって行ったのであった。
「さ、あたしたちも行こうか…ってどうしたの?」
かごめが振り返ると、珊瑚が両手で頬を覆い俯いている。
「ななななんでもない!」
はっとした珊瑚が慌てて歩き出した。
「何か、顔赤かった…?」
かごめは首を傾げつつ、珊瑚の後を追う。
実は珊瑚は、法師が『一家の大黒柱』という言葉に、何となく未来を想像して頬を染めていたのであった。

かごめと珊瑚は日常で必要になるものや、可愛らしい小間物を見ながら、これが必要だとかあれが欲しいなどと言いあっていた。
美少女二人が楽しげに歩く姿はなかなか目立ち、人目を引いていた。
しかも一人は大きな得物を背負い、一人は奇妙な格好をしているのだから、猶更である。
「ちょっとそこの二人!」
するとついに、あるところから声がかかった。どうやら呉服屋のようだ。
二人は顔を見合わせるとにこにこと手招きをする女将らしきおなごのもとへ歩き出した。

「近くで見るとあんたたちほんと別嬪ね〜」
「!」
「やだーお姉さんほどではないです!」
「この娘ったら」
突然の女将のセリフに、珊瑚はびっくりして目を見開いていたが、かごめは中学生とは思えぬ話術で女将と話を弾ませている。
「あんたらみたいな美人を待っていたのよ…ちょっと待ってて」
ふふふ、と微笑みながら女将はいったん奥の間に下がる。
その間に使用人らしき女が白湯を勧めてくれた。
しばらく経って戻ってきた女将の手には、眩いばかりの美しい着物が二着かけられていた。
「これこれ、これを着てみてほしいわ〜」
「わ!すごい!」
「ちょっとこれって…」
女将は丁寧に二着の着物を広げる。
一方は鮮やかな紅色で、グラデーションが美しい着物だ。もう一方は、高貴な紫に鮮やかな黒い蝶が描かれていた。
「どうだい?綺麗だろ?」
「凄いですね…本当に私たちが着てもいいんですか?」
「ちょっと、かごめちゃん!ダメだよこんないいもの…」
ウキウキといった様子でその着物を手に取ろうとするかごめを慌てて珊瑚が制する。
「どうして?」
不思議そうに見返してくるかごめを、珊瑚は焦ったような顔で見つめた。
「だってこれ…麻じゃないだろう?木綿かい?まさか絹ではないだろうけど…」
「確かにこれはとびっきりいい着物だ。だけど、遠慮しないでおくれ。どうしてもあんたらに着てほしいんだよ」
口調こそ穏やかだが、目元は真剣だ。
珊瑚とかごめが顔を見合わせ、そこに広げられた着物に視線を移した。
そこで今まで大人しく控えていた七宝が口を挟んだ。
「さっきから聞いておれば…どうしてそこまで二人に着物を着せたいんじゃ?」
「…こんな話をしたら気味悪がられるだろうかね」
「どんな話じゃ?おら、聞きたいぞ」
とことこ、と寄ってきた仔狐の頭をふわりと撫でて、女将はぽつりと話しだした。
「これはね、姉さま方の形見なんだよ…」

呉服屋を立ち上げた先代である父親は少し変わりものであった。
目利きの才能はあったし、人望も厚かったが、商才はなかった。
代わりに、年の離れた姉二人が店を切り盛りしていた。
末っ子である女はそんな姉たちに憧れ、買付について行ったり、算盤をはじいてみたり、意匠を考えてみたりと、見よう見まねで必死で姉たちの背を追った。
男兄弟もいたが、筋の良いのは三姉妹であった。
そんな姉二人も年頃だということで、二人まとめて縁談が持ち上がった。
父親は二人のために飛び切りの花嫁衣裳を用意した。
花嫁衣裳と言えば、普通は純白だろうが、娘たちには特別な衣装を着せたいと、二人をイメージした着物を作らせたのである。
そんな折だった。街が戦禍に巻き込まれたのは…。

「みんな、失くしちまったんだ。残ったのはまだ子供だった私と、大事に保管されていた姉さまたちの花嫁衣装だけ。」
亡き父や兄弟たちの無念を背負って、一人でここまで立て直したのだという。
「姉さまたちも、あんたらに負けないくらい別嬪だったんだ。…この衣装もあんたらに着てもらえるなら報われるよ」
「そんなことが…」
かごめは涙ぐみ、珊瑚も眉をひそめてうつむいていた。
「ほら、辛気臭くなっちゃったじゃない!昔話だよ。」
努めて明るく言う女将に、無邪気な七宝が言葉をつづけた。
「おら、こーんな綺麗な着物を着た二人を見てみたいぞ!」
最初は渋っていた珊瑚だが、こんな話を聞かされては断れなくなっていた。
とはいえ、珊瑚には気になる点が一つあった。
「あの…かごめちゃんはともかく、あたしはそう別嬪でもないんだけど…」
「な〜に言ってんの!絶対似合うから!さぁ!」
「珊瑚は美しいぞ。」
「みう〜」
珊瑚が曖昧な言葉を浮かべているうちに、使用人たちがぞろぞろとやってくる。
そして、あれよあれよという間に奥の間へ連れ込まれ、無理やり着替えさせられたのであった…。


ひくひく

「ん?」
「…あそこか?」
「ああ。」
犬夜叉が示した場所は立派な店構えの呉服屋であった。
「何で服だ?」
犬夜叉が眉をひそめる。
「まあいいでしょう。おなごはああいうものが好きなのです…ごめんください」
弥勒は特に不思議でもなさそうに、暖簾をくぐった。
店に入ると何やら奥の方に人だかりができていた。
そして後ろからも人がちらほらと入ってくる。
「この店一番の衣装をお披露目なんだと」
「何でも絶世の美女が着ているらしい」
そんなうわさが飛び交っている。
「ほう…」
「おい。」
『美女』という言葉に反応した弥勒がすたすたとそちらに足を向ける。
呆れた声が背後から聞こえるも全く意に介していない。
しかし、人混みをかき分けてたどり着いた先にあるものを視界に入れた弥勒は瞬時に固まってしまった。
渋々後ろをついてきた犬夜叉が首を傾げる。
「おい、弥勒どうし…」
言いながら、弥勒の視線を追った犬夜叉も同様に固まってしまった。
そこには、見たこともないような艶やかな衣装を身に纏いうっすらと化粧まで施したかごめと珊瑚が立っていたのである。


そんな二人に最初に気づいたのは七宝であった。
「おう、犬夜叉!弥勒!おったんじゃな…何をぼーっとしておるのじゃ」
たたたと駆け寄りながら定位置である弥勒の肩に上り、顔を覗き込む。
七宝に声をかけられ、弥勒の意識が戻った。
そして改めて、目の前の光景を眺める。
夕焼けのような美しい色合いの真っ赤な着物を着て、愛らしい髪飾りを揺らしながら満面の笑みで手を振っているかごめ。
一方珊瑚は、気品あふれる紫の着物をまとい、落ち着かなげに頬を染めていた。髪は結わずに片方を耳にかけていたが、羞恥のため赤く染まっているのが丸見えである。
そして、注意深く周りを観察する。
当然のように美しい娘たちに熱視線が注がれていた。
「美人だのう。名前は何というんだろうか」
「どこの娘だろうな…お前、声をかけてこいよ」
などという囁きまで聞こえてくる。
幸いにもかごめたちのいる座敷は客たちのいる店より一段高くなっており、履物を脱いで上がってこなければならないので、そこまでして近づくものはまだいないようである。
「…」
弥勒は眉間を寄せると、深々とため息をつき、ひときわ大きく錫杖を鳴らした。

その音に気付いた珊瑚がはっとして顔を上げる。
一瞬きょろきょろと顔を動かすと少し先に法師がいるのを見つけた。
途端にもともと赤かった顔がかごめの着物以上に真っ赤に染まる。
見たこともない美しい着物を着られるとあって、浮かれていたせいで完全に男衆の存在を忘れていたのであった。
(ほ、ほうしさま〜〜〜っっ)
珊瑚は恥ずかしさのあまりどこかに隠れようと体を揺らすが、違和感を覚え、動きを止め法師の方を振り返る。
自分を凝視する彼の顔は…
(怒ってる…?)
見たこともないほど機嫌の悪そうな表情を浮かべている。
途端に先ほどまで真っ赤だった顔が青ざめた。四肢の末端がひんやりとしてくる。
(こんなところで遊んでいたから?ううん。法師様だっていつも遊んでる。…ちやほやされているから―似合わないのに?)
その考えにたどり着いた珊瑚はショックで視界が暗くなっていくのを感じた。
騒がしかった周りの音が徐々に薄れる。
(やだ…気持ち悪い)
そこで珊瑚の意識は途切れた。


目を覚ました珊瑚はまず周りを見回した。
そこは、先ほど着替えを行った奥の間であった。
「目が覚めましたか?」
突然声が聞こえ、はっとして慌てて起き上がる。
「っ…」
「何をしているんですかお前は。いきなり起き上がってはダメでしょう?」
優しい表情の弥勒が、湯呑を持って部屋に入ってくる。
「…ありがと」
小さく礼を述べ温かな湯が胃に入ると気持ちが落ち着いてきた。
そして気を失う前のことを思い出し、チラリと法師に視線を向けた。
その視線を受けた弥勒が小さく息をつき、口を開く。
「経緯はかごめ様から聞きました。」
「…ごめんなさい。」
「なぜ謝る?」
「だって…」
珊瑚は悲しげに瞳を伏せた。
弥勒は珊瑚の傍らに腰かけ、娘の柔らかな背を、励ますように軽くたたいた。
「…法師様ものすごく怒っていたから。」
「え?」
その言葉に法師の手の動きが止まる。
「に、似合わないのに。こんな、あたしにこんな綺麗な着物も。お化粧も。女将さんの姉上たちみたいにきれいでも何でもないのに…」
珊瑚の走り出した感情を抑えるように弥勒は彼女を抱き寄せた。
「どうしてそうなるんですか?」
呆れたように呟いた法師の吐息が珊瑚の耳にかかった。
途端に赤くなるその可愛らしい様子に、法師のほうが柄にもなくどぎまぎしてしまう。
「客たちが二人の…珊瑚の姿を憧れるように見ていましたので。」
「?」
珊瑚は彼の腕の中から目線だけを上げる。
「腹立たしくなりまして。」
「…何で」
法師はは〜と大きくため息をついた。
「お前のそんな姿、ほかの誰にも見せたくないからに決まっているだろう」
と同時に強く抱きしめられ、真っ赤になった珊瑚の心臓はめちゃくちゃなリズムで鳴り始めた。
「常々美しいと思っているが、少し着飾るだけでこうも艶やかになるとは…」
ぼそぼそ、と愚痴をこぼすように弥勒は呟いている。
「普段、珊瑚を見ていると優しい気持ちになるが、今のお前を見ていると、その…心がかき乱される」
「え…」
少し照れくさそうに響いた言葉に思わず顔を上げるも、目に飛び込んだのはにやり、という法師の表情だった。
「心臓が持たないので早く着替えてもらえますか?」
そのまま素早く押し倒され、気絶した珊瑚のために既に緩められていた帯が簡単に抜き取られた。
珊瑚が驚きのあまり抵抗すらできずにいると、こーん、と法師の頭に何かが当たった。

「何をしておる阿呆!」
それは七宝が投げたどんぐりであった。
振り返ると犬夜叉やかごめが呆れたような表情でこちらを見ていた。
かごめはすでに着替えている。
「てててて」
と、弥勒は頭をさすりながら珊瑚を抱き起こし距離を置いた。
「いやぁ、つい」
と言いながらさりげなく珊瑚の前に立つ。
何故自分から皆が見えないような位置にわざわざ立つのだろうと一瞬疑問に思ったが、己のあられもない姿を思い出し、慌てて胸元をかき集めた。
たっとかごめが弥勒を押しのけてやってくる。
「つい…じゃないわよ、全く!珊瑚ちゃん大丈夫?」
「あ、ああ。私は大丈夫、えっと…」
状況が把握できず、兎角いろいろ恥ずかしくてたまらない珊瑚の頭は混乱状態であった。
「女将さん呼んでくるね。着替え手伝うから。」
と優しく言って、かごめは近くにあった羽織を珊瑚の背にかけてやる。
「珊瑚ちゃん、今から着替えるんだから。あんたたちは出て行ってよね。もちろん弥勒様もよ!ちょっと目を離すとこれなんだから…」
呆れたような声を上げ、かごめは駆けて行った。
犬夜叉と七宝、雲母も後に続く。
が、弥勒はその場を動かなかった。

「…法師様?」
法師の様子を怪訝に思った珊瑚が首を傾げる。
「…いや、本当に美しいですな…」
「な、何言って…」
真剣に此方を見つめるまなざしから、己の視線は逃れるものの、とても落ち着けなどしない。
すると男はすっと近寄り、羽織を脱がせた。
「ちょっと…!」
珊瑚の慌てた声を気にも留めず、着崩れた着物を手際よく正していく。
先ほど自分が抜き取った帯をつけ、その小さな白い手を取った。
「さぁ私だけの姫。その姿をよく見せてください。」
一切戯れのない声に、思わず立ち上がった珊瑚の艶姿を目に焼き付けるように鑑賞する。
(着物に描かれた蝶のように私の手などすり抜けて、飛び立ってしまうのではないだろうか…)

「まこと、清らなり…」
どれくらいそうしていただろうか。
法師のその呟きに、どこか夢心地だった珊瑚が覚醒し、取られたままだった己の手に法師が口づけしていることに気づくに至った。
頬をこれでもかというほど真っ赤に染め、小さく悲鳴を上げながら己の手を胸に抱きこみ、法師に背を向けたところで、かごめが現れた。
「はい、終了!弥勒様、出て行ってって言ったでしょう??いつまでも見ていたい気持ちは私も同じだけど、それじゃ珊瑚ちゃんが休めないでしょ?」
かごめの後ろで女将がにやにやと笑っている。
弥勒がははっと胡散臭い笑いを浮かべて出て行こうとする。
が、ふと視線を感じて振り向くと、ほっとしながらも名残惜しい、といった表情の珊瑚と目があった。
そんな様子に弥勒が小さく目を見開くと、珊瑚は慌ててそっぽを向いてしまった。
弥勒は無言で部屋を出る。その口元はわずかに緩んでいた。


「本当に、頂いていいんですか?こんな高価なもの…」
内容こそ遠慮しているよようだが、かごめの表情は期待に彩られている。
「ああ。迷惑かけちゃったからね。特にあっちの娘さん…珊瑚ちゃんだっけ?には随分心労もかけてしまったし。それに…」
「なんじゃ?」
とことこっとかごめの肩に駆け上がった七宝が興味深そうに続きを促す。
「応援してあげたいじゃないか。…あの法師様もきっと喜ぶだろう?」
意味ありげに笑った女将の顔に、かごめと七宝も顔を合わせてにかっと笑った。
「もちろん、かごめちゃんもね!」
と言って背中をどんと押されたかごめは眩しい笑顔でお礼を言った。


「え?もらったの?かごめちゃん!」
「うん。着物たちもそれが本望だろうって。」
「で、でも…」
「まぁ、いいんじゃないの?あのファッションショーのおかげで、結構お客さん集まったみたいだし、出演料みたいなもんよ!」
「う、うん…」
現代の言葉を出すと反論できなくなる珊瑚を見越して、この話はおしまい!とかごめは笑った。
「弥勒様のために着てあげてよ!あたしも見たいけど。」
「やだ恥ずかしい!だいたい法師様のためって別にこんなもん見ても面白くないだろうし…」
「何言ってんの。『私だけに見る特権がある』とかなんとか言って倒れちゃった珊瑚ちゃんの看病手伝わせてくれなかったんだから、弥勒様。」
は〜付き合いだした途端これよ…などとぶつくさ言いながら、かごめは犬夜叉の隣に行ってしまった。
(冗談、だよね…?)
珊瑚は恥ずかしさのあまり、肩口で眠っていた雲母を胸にぎゅっと抱きしめた。
目を覚ました雲母は苦しそうに呻いた。
(奈落を倒すまでは『ただの仲間』じゃなかったの…)
自分の少し後ろを歩く法衣姿の男をちらりと目に移す。
苦しい旅の道中に、突如訪れた幸せ。
それを与えてくれたひと。
(奈落を倒したら…)
『ただの仲間』ではなくなったとき。
またあのきれいな着物を着てみよう。彼だけのために。
似合うと言って笑ってくれるだろうか。
そのために、一生懸命戦おう。
生真面目な珊瑚は決意を新たに歩みを早めた。

恋する彼女の背中は眩しいくらい美しい。
その背中を見つめて目を細めた男は微かに笑った。

「お前はどこまで綺麗になるのだ…」
小さな小さな呟きは、暖かい風に吹かれて霧散した。






あとがき
着物は適当に書いたのにお互いの旦那の色でした。
コシノ姉妹かよ!呉服屋の何たるかは知りません←
ついに珊瑚ちゃん着飾りネタをまともに書くことができて本望です。
少しでも楽しんでいただければ…


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