共謀


「やっと…眠れる…」
弥勒は敷かれたばかりの布団に、倒れこみ、そのまま死んだように眠った。
「法師殿は相当疲れておったようだね」
「そ、そうですね…」
珊瑚は詰まったように答える。
先ほど弥勒に、自分が密着していたためこの三日間ろくに眠れなかったと言われたのだった。

『眠るどころじゃなかったですよ…毎晩興奮して…』

(そんなことなら、早く言ってくれりゃいいものを!)
恥ずかしいやら、腹立たしいやらで頬を紅潮させている珊瑚に気づかず七宝が話しかける。
「珊瑚もやっと屋根の下で眠れるんじゃ!ゆっくり眠るんじゃぞ!」
「ありがとう…でも、七宝も疲れたろ?」
奈落を葬り去り三日、再び井戸が現れ、犬夜叉が帰ってきた。
かごめを無事故郷に返し、四魂の玉も消滅したという。
犬夜叉の帰還とともに、殺生丸は去った。
皆が忙しく村を復興させている間に、井戸―正確には井戸のあった場所の見張りはほとんどずっと七宝がしていた。
「おらは大丈夫じゃ。犬夜叉は帰ってきたし…かごめも無事じゃったらしいし。」
犬夜叉が帰ってきたとき泣いて喜んだ七宝だったが、かごめがいない寂しさは隠せていない。
「うん…」
それは、珊瑚とて同じ。
「そんな暗い顔しとってもしょうがないぞ。まだまだ働いてもらわねばならんからな」
「はい」

弥勒と珊瑚は奈落討伐の爪痕の残るこの村の復旧に注力しており、
また、数少ない小屋には弱者から優先的に入っていたため、ここ三日間野宿していた。
しかしようやく楓のための仮屋が完成し、犬夜叉も帰ってきたし、
広いわけでもないから遠慮はいらない、と勧められ今夜からはこうして仲間全員で眠る。
「さて、珊瑚は法師殿と一緒に寝るじゃろ?」
「はぁ…ってはぁ!?」
楓は後ろ手に組みながら、一番端で眠る弥勒の布団を顎で指す。
近隣の村から、購入したり、献上されたりはしたが、まだまだ布団の数は足りない。
狭い小屋であるし、二人で一組の布団を使うのは自然な流れだった。
「法師殿が起きたら、珊瑚はお相手をせねばならんだろ?」
「な、何で!じゃなくてお相手って何!?」
楓が大真面目に言うものだから、珊瑚の混乱はますます激しくなる。
「話相手か?」
七宝が首をかしげる。
「ああ、ちゃんと仕切りは用意してやるよ。子どももいるからのう。声は…聞かなかったふりをしてやる」
楓の口元がわずかににやける様はそこで眠る男を彷彿させる。
うつ伏せに眠る彼の背中を見やると頬の熱が余計に上がって行くのが分かった。
―楓さまったら、いい年してなんてことを!
「おや?この三日間法師殿と一緒に寝ていたのではないのかね?」
「そ、そ、そ…」
女の身で野宿していたのは珊瑚だけだったし、他の男から隠すように弥勒は珊瑚を腕に抱いて眠っていた。
しかし、字面以上の意味は含まれず、弥勒は珊瑚に一切手を出していない。

「おい、ババアの癖に何言ってやがる」
そこで、呆れたように犬夜叉が入ってきた。
後ろに琥珀とりんが続く。
助け船の登場に珊瑚がほっと息をついた。
思ったより元気そうな犬夜叉とりんの様子にも。
それぞれ、かごめ・殺生丸と離れ離れになった二人が心配だったのだ。
琥珀が、狭い小屋をぐるりと見渡して言った。
「ひぃ、ふぅ、みぃ…布団が足りない。俺は床の上で寝ます」
「何言ってんだ、琥珀。お前が弥勒と一緒でなきゃ、後は誰がいるっていうんだ。」
七宝は珊瑚の肩から離れる気はなさそうだ。
「でも…」
ちらちら、琥珀が姉に視線を送る。
幼いはずの弟の頬が少々赤い。
「こ、琥珀まで変な想像しないで!」
琥珀は苦笑しながら言う。
「分かりました。犬夜叉さまは?」
「俺は、布団で寝たことなんてねーよ」
結局珊瑚は、弥勒と反対の端の布団で七宝と雲母を抱き眠った。



みんなで囲む夕餉を終えた楓の小屋では妙に緊張した空気が漂っていた。
「おい、いつまで黙ってんだ」
「お主は黙っておれ、犬夜叉」
つまらなさそうに胡坐をかく犬夜叉の隣で、楓が小声で窘める。
その膝には七宝が眠っている。
「姉上…やっぱり、外で話しませんか」
ちらと周りに目を向ける琥珀と対坐している珊瑚はふるふると首を振る。
その隣で弥勒は泰然としていた。
「姉上…?」
「…琥珀」
「はい」
琥珀が姿勢を正して姉を見つめた。
「私は…」
「はい。」
「法師さまと…」
―夫婦になる。
珊瑚の声に耳を傾けていた全員がその言葉が続くのを待っている。
「法師さまに…」
「…?」
そこで珊瑚はスーッと深呼吸して琥珀の目を真っすぐ捉えた。

「私は法師さまのことが好きなの」

その言葉に、琥珀を始め庵にいたすべての者(七宝を除く)は目を見開いた。
「珊瑚…?」
さすがの法師も少々驚いている。
「え、あたし変なこと言った?」
「大丈夫。それで?姉上」
狼狽している姉より少々顔は赤いながらもしっかりとした態度を取る弟に、珊瑚の方がハッとした。
「うん。それで、私はこれから先の未来を法師さまと歩きたい。法師さまも同じ気持ちでいてくれている。だから…私と法師さまは夫婦になるの。」
ちゃんと言えた―笑顔で。

「琥珀…私を義兄と認めてくれますか?」
「もちろんです!」
間も置かずに琥珀は答えた。
弥勒と珊瑚は喜びに視線を交わした。

―姉上、こんな顔するんだな

幸せそうな顔は何度も見てきた琥珀だったが、見慣れたはずの姉は見たことのない美しい女性(にょしょう)に映った。
「法師さま、俺はこれから自分と向き合って、罪を償っていかないといけない。こんな義弟だけど、見守ってくれますか」
真剣な声音で言う琥珀に向き直り、弥勒も表情を改める。
「もちろん。法師として、義兄として、男として。いつでも頼ってきなさい」
「ありがとう、法師さま。姉上をよろしくお願いします。」
「安心しなさい。必ず幸せにする。」

顔を赤くして俯いてしまった珊瑚の向こうからヤジが飛んできた。
「おい、もういいか」
「ああ、犬夜叉悪かったな、付き合わせて。お前たちにも聞いてもらいたくてな」
「何の意味があんだよ」
「というわけで、ご家族の許可が出たので、私と珊瑚は正式に夫婦になることが決まった」
「わぁ、おめでとう!」
それまで静かに成り行きを見守っていたりんが声を上げる。
「ありがとう、りん。そこで近々祝言を挙げる。皆、来てくれるな」
空気がふわっと暖かくなった。
楓は力強くうなずき、おめでとうと珊瑚の手を握っている。
七宝に抱きしめられていた雲母もその小さな腕から抜け出し珊瑚の膝にすり寄る。
それにより目覚めた七宝が「何で起こしてくれんかったんじゃ〜」と喚いている。
犬夜叉はけっとそっぽを向いているが怒っている様子はない。
彼なりの祝福だろう。
りんも琥珀の横に座り、嬉しそうに珊瑚を見ていた。


その夜、物置として建てられた小さな小屋に二人はいた。
まだ、何も置いておらず、二人が住む場所が決まるまでの仮住まいである。
二人の婚約はあっという間に村中に知れ渡り、誰もが疲弊している現状に突如訪れた吉報であったため皆が心底喜んでくれた。
誰が言い出したのだろうか、許嫁同士の男女が大勢多数とともに雑魚寝など言語道断―
と気づけばこうして楓の庵を追いたてられ二人きりである。

「…」
珊瑚は泣きそうな顔でひと組の布団を見つめている。
取り急ぎだったため、それ以外何もない。
ひと組の布団を間にひと組の男女が向き合って座っている。
流石の珊瑚も意識せざるを得なかった。
彼はそのつもりなのだろうか?―祝言も挙げていないのに?
そっと窺うように顔を俯かせたまま目線だけを弥勒に寄せた。
先ほどから一言も発さず目を閉じている。
珊瑚は彼から目を離し小さくため息をついた。

「…珊瑚」
「!」
珊瑚はビクッとなって、慌てて彼を見やった。
いつの間にか目は開いていて困り顔でこちらを見ている。
「な、な、なに?」
「期待してます?」
「期待…って何を…」
「分かっているくせに」
「…………法師さまは?」
「それはもちろん。」
即答で返ってきた彼の返事に珊瑚はうっと詰まる。
「しかしまぁ、お前はそうでもなさそうだな」
「そんなこと!」
「ないのか?」
「え?いや…あの…」
彼は盛大なため息をついた。
「あの法師さま!待って!心の準備をさせて!」

ここで拒んだら、彼が離れて行くような気がして怖い。
今の彼は何の枷もない自由な身だ。
彼との将来が確約となった直後ですら珊瑚はそんなことを考えてしまう。

「…祝言の夜までだ」
「え?」
「それまでに準備しておけ」
「う、うん」
「それ以上は待てんからな。泣けど喚けどいただく。」
「…はい」
珊瑚は恥ずかしそうに俯いた。

「準備段階として今宵は一緒に寝ましょうか」
「そんな、いきなりは…」
慌てて否定する珊瑚に弥勒はふっと溜息をついた。
「お前はそればっかりですね。私と夫婦になる気あるんですか?」
「当たり前だろ!!」
想像以上に激しく言い返され、少し驚いた弥勒だが、さすがそこはすぐに自分のペースに持ちこむ。
「お前はこの私の妻になるんです。それは毎晩毎晩…覚悟していてくださいね?」
「きゃあ!」
いつの間にかすり寄り耳元で甘く囁いた弥勒は、退治屋の珊瑚でも驚くような速さで、
彼女の体を布団の中に押し入れ、自分もその横に滑り込んだ。
「ですから、こんなことくらいで慌てふためいていてはやっていけませんよ?」
見たこともないような悪戯な表情で告げられ、珊瑚の体は血液が沸騰したかのように熱くなった。
「祝言まで待つって…」
「ええ。だから今宵はこれ以上何もしませんよ。」
(そんなこと言ったってこれじゃ絶対眠れない…)
羞恥のあまり泣きそうになるその表情に、弥勒の鼓動が速くなる。
たまらなくなった弥勒は娘の肢体を抱き寄せ、力任せに抱きしめた。
少しでも彼女を感じられるように。

そして、いつの間にか安心したように眠ってしまった珊瑚とは対照的に、生殺し状態の男の方が一睡もできずに朝を迎えたのである。
なんとか布団をもうひと組手に入れ、愛しい婚約者の寝息を聞きながら法師が浅い眠りに着き始めたのはその翌日のことであった。

もうすぐだ。
もうすぐ二人だけの生活が始まる。
二人きりの甘く妖しい未来の予感に否が応でも期待が高まっていく―





あとがき
3部作終了です!
完全に前2作の補完ww
ラストなんてただいちゃいちゃさせたかっただけの蛇足小説になってしまいました^^;
本当に妄想全開で失礼しました!

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