犬夜叉、お前はかごめ様とちゃんと会えたか?
思えば、出会ったときのお前は本当に強情で素直じゃなかったな。
かごめ様を傷つけてばかりで馬鹿な男だと何度もため息をついた。
かごめ様に惹きつけられるように集まった俺たちはいつの間にか強い絆で結ばれていた。
俺は初めて恋をした。
そうして今ようやく気付いた。
俺とおまえは似た者同士なのだと。
憎しみや悲しみから人生が始まり、この旅で大切なものを得た。
犬夜叉、必ず帰ってこい ―ともに。


共犯



ぱちぱち爆ぜる焚火を前に、冷たい大きな岩を背に、弥勒は座っていた。
「法師さま」
少しためらった様な声に振り返ると、岩陰からひょこっと珊瑚が出てきた。
井戸とともにかごめが忽然と消え、犬夜叉が後を追っていったその晩のことである。
かごめの矢により奈落の瘴気は浄化されていたものの、奈落の体の崩壊に巻き込まれた楓の村は、見るも無残な状態になっている。
しかし、楓の的確な指示と、犬夜叉たちの必死の攻防のおかげで、死者も出ずに済んだし、無事な家屋も残っている。
村民たちはさっそく協力して村の復旧に取りかかっていた。

「何してるんですか」
「いや…あたしも外で寝ようと思って。」
弥勒は怪訝そうに珊瑚を見やった。
「何故?お前は皆と寝ればいいでしょう。」
「いいの。そこらへんの男より体力はあるから。」
彼はさらに眉をひそめる。
「お前は人一倍働いたんだ。ちゃんと屋根のあるところで休みなさい。」
法師が心配しているのはそれだけではない。
今、外には血気盛んな村の若い男衆がごろごろいるのだ。
「それを言うなら法師さまも一緒だろ。あたしの寝る場所は、足の悪い男に譲った。」
当然、家の再建など間に合うはずもなく、こうして野宿を強いられる。
残った家屋と、簡単に出来た小屋は楓を筆頭に、怪我人、女子供、老人が優先して使うことになる。
もちろん珊瑚は、楓の知己でもあるし、小屋を使うよう勧められたのだが、自分よりも優先されるべき人がいると辞退したのだった。
「随分探したよ。村の男たちはみんなあっちで火を囲んでるよ。どうしてこんなところで一人でいたのさ。」
珊瑚は呆れたように、弥勒の隣に腰を下ろす。
一方弥勒は半ば諦めた様に、珊瑚のために少し場所をずれる。
「あそこにいると感謝されてしまうんです。」
「感謝?」
「ああ。四魂の玉を葬ってくれてありがとう、と。」
「まだ四魂の玉がどうなったか分からないけどね」
「ああ。」

ここは五十年前、桔梗が四魂の玉を守っていた村である。
四魂の玉ほしさに、妖怪や悪党が襲ってきたことも多々あっただろう。
村民は奈落のことこそよく知らないが、四魂の玉の恐ろしさならいやというほど認識している。
「そもそも、我々に感謝される資格はないように思うんだ。」
「…そうだね」
それは珊瑚にもなんとなく分かった。
自分たちは仇を取った―多くの犠牲と引き換えに。
これは彼らの責任ではないが、結果からいえば、無関係の人々を巻き込むことになったのではなかろうか。
「それに、ここの方々は皆明るい。とても良いことだが、我々は…」
「犬夜叉とかごめちゃん…のことだよね」
「ああ。」
焚火に照らされてもなお、暗い表情の弥勒を覗きこみ、珊瑚は明るく言った。
「でも、犬夜叉ならきっとかごめちゃんを助けられるよ。」
弥勒は無言で珊瑚の顔を見返す。
「今まで、救えなかったことはないし、これからも絶対ない。」
「…そうだな」
ようやく表情を和らげた弥勒が珊瑚を柔らかく見つめる。

奈落討伐後も、怪我人の世話やら、復旧の手伝いやらで忙しく、お互いの姿を目に写す暇もなかった。
故に、弥勒はそこで初めて、珊瑚が奈落の体内で結い紐が切れて以来、髪を結っていないことを意識した。
炎に照らされ輝く黒髪に手を伸ばす。
「何?」
珊瑚が不思議そうに見上げてきた。
「いえ。美しいな、と思って」
真剣なまなざしでそう告げられ、珊瑚の眉が上がる。
「何言ってんのさ!」
きつい言葉ではあるが、その表情は、怒っているどころか嬉しそうで、彼の手をどけようとはしない。

しかし、突然はっとしていまだその髪をなで続ける手をつかんだ。
「珊瑚?」
「右手…よく見てもいい?」
かごめが消えた直後、風穴のない彼の手を見たがすぐに視界がぼやけてしまい、まだちゃんと綺麗な手を見ていない。
「ああ…自分でもちゃんと見ていないが。一緒に見ましょうか」
「うん」
珊瑚は、弥勒が右の掌を覆う布をめくる様を見ながら呟いた。
「数珠…もうとってもいいんじゃない?」
「ああ、そうなんだが…なかなか手放す気になれんのだ」
ずっと忌々しいと思っていたが、こうして役目を果たした今、無性に懐かしいものに思える。
「ずっとつけとくの?」
「いや、落ち着いた後神聖な気持ちではずしたい。一緒に見届けてくれるな?」
「…うん」
会話が途切れると、その右手を煌々と燃える炎の方にかざす。

そこには何の変哲もない手がある。
しかしその中心では今まで感じたことのない、ドクドクと血流が波打っている…様な気がした。
弥勒が感慨深げにその手を見つめていると、突如視界からそれが消え、
さらに柔らかく優しい感覚が全身を駆け抜けた。

「え…」

今までなかった、右手の中心からの感覚。
それは突然第六感を司ったような不思議な気持ちだった。

そんなことに戸惑っていたため、反応が少し遅れた。
その神経を開通させたのが、珊瑚からの接吻であることに。
「って珊瑚!?」
慌てて、彼女の方を見ると、弥勒の右手首を握ったまま、少し照れた様にこちらを見ていた。
「あの…初めてを欲しくて。」
「初めて?」
「法師さまの左手に触れた(ひと)はたくさんいるだろうけど、右手に触れた人は誰もいないだろ?」
「ああ…」
彼女の大胆な行動に内心動揺していたが、その美しい面を見ていると、自然頬が緩んでくる。
「そうだな。お前が最初で最後だ。」
「本当に?」
「本当に。」

しばらく見つめあった後、二人はクスクス笑い出した。
「そろそろ寝ましょうか」
そう言うと法師は自らの袈裟を解き珊瑚の肩にかけてやった。
「外は冷えます。それにその格好は寒いでしょう」
珊瑚はいまだに戦闘着を着ている。
「でも…」
もの言いたげにこちらを見つめて来る珊瑚。
「私なら大丈夫です。珊瑚がそばにいるだけで暖かいですから。」
もう、と小さく呟き、考え込んでいた珊瑚がやがて徐に立ち上がった。
「どうした?」
珊瑚は弥勒の隣から前に移動すると彼の立てられた片膝に片手を置き、空いた手で胡坐をかいたもう片膝をどけるように押す。
やがて立てられた彼の両膝の間に滑り込み、袈裟で自分と弥勒を覆ってしまった。
もちろんその距離は密着を余儀なくされる。
「珊瑚!?」
「こっちの方が暖かい。」
「それはそうだが…」
右手に口づけてきたり、膝の間に割り入ってしなだれかかってきたり、何でこんなに大胆なんだ。
弥勒は体の奥から熱くなっていくのを感じた。

(こんな…こんな肢体を押し付けては、襲ってくださいと言っているようなものだろう?しかし、そんなこと許されるわけ…いや、待てよ?襲ってくださいと言っているのか?そもそも何の問題があるんだ。もう呪いは消えた。かごめ様は心配だが、きっと犬夜叉が救うだろう… これは、もしや、珊瑚からの意思表示か!?触れてほしいのか?そうなんだな!)

「珊瑚!!…って、あれ?」
長い自問自答を繰り返した後、腕の中の娘を見下ろすと、あどけない寝顔が飛び込んできた。
ご丁寧に、規則正しい寝息までつけて。
「そんな…」
弥勒が脱力すると、珊瑚が小さく身をよじり、さらに密着してきた。
なんだかんだ言って、珊瑚とて自分と触れ合いたかったのだろう。
今、弥勒が考えていた意味ではなくても。

呪いが消えたら―そう約束した。
呪いが消えるまでは駄目だ、と気持ちを抑えていたのは自分だけではなかったのだ。
きっと、珊瑚はもっと自分に近づきたかったに違いない。
だからこそ、必死で奈落を倒そうとしていた。
不確かな約束で珊瑚を縛っていた自分を不甲斐なく思った。

しかし―
「もう過去のこと、だな」
奈落は倒した。
琥珀も取り戻した。

―未来を見ようか、二人で―

「すまん…一足お先に。」
弥勒はふと犬夜叉の顔を浮かべた。
絆や友情という言葉を知らなかったのは、半妖と罵られ生きてきた彼だけではない。
己だって、父の死を目の当たりにしてから、そんなものは信じてこなかった。
しかし、いつの間にか仲間ができ、その中でも同じ男同士、犬夜叉とは確かに友情を築いたと言える。
「こんなこと言ったら、七宝に怒られそうだが…」
そんな仲間たちを差し置き、珊瑚と甘やかな時間を過ごすのは、大罪のように思える。
「早くかごめ様を救いだせ…」
紆余曲折を経て確かに絆を深めていった彼らを思い浮かべながら、弥勒は自分の膝と珊瑚の背を覆う袈裟を引き上げた。
頭からすっぽりとかぶる。
「珊瑚、お前も共犯だ。」
袈裟の下に流れる秘密めいた夜はまだ始まったばかりである。


ようやく枷の消えた男と、
ようやく心の氷が解け始めた女の
初めての二人きりの夜―





あとがき
あれ?犬夜叉帰ってこないの全く心配してないよね?
信じてるってことで!
想像以上に甘くなった^^
ちなみに、袈裟の下ではなにも起こりません(え

これが9か月前に書いたあとがきですが、今全然甘さ感じないんですがw
9か月の間に私がどんどん腐っていった証にあとがきそのまま載せときますw


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