「おまえ、かわいいな!」と思う彼女の行動ランキング


第5位 『ごはんをおいしそうにたくさん食べる』


その夜一行は、珍しく賑やかな宴に参加していた。
ここのところは戦況も悪化していたせいか、例え野宿でなく宿がとれた夜でも緊張状態であることが多かったのだが。
その日たまたま立ち寄った地で、妖怪退治を行った一行を土地のひとたちはたいそう歓迎した。
そこはとある漁師町で、どうやら羽振りが良いらしく豊かな場所であった。
お祭り好きな漁民たちが催す宴会が、ことさら盛大であることは当然と言えば当然である。

「うわ〜すごい豪華!!」
出された料理の気前の良さに、素直にかごめが感動している。
その横では七宝と犬夜叉はすでにその料理にがっついていた。
「それに、新鮮なお魚なんて久しぶり〜」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでとっとと食えよ」
ガサツな犬夜叉をじろっと睨み付け、かごめはもっともらしいセリフを述べる。
「あんたには、趣ってもんが分からないの?お造りだってこんなにきれいに盛り付けてくれてるのよ〜」
しきりに感想を述べ、味わって食べるかごめを横目に再び犬夜叉が行儀悪く食べ始めた。
「飯、おかわり!」
「はいはい、坊や」
七宝の元気な声が響き、宿の女中がすぐさま駆けつけてくれた。

「はい、雲母。たんとお食べ」
珊瑚が自分に与えられた膳から愛猫が食べても問題ないと思われるものを別の皿により分けて与える。
雲母は鼻先をそれに近づけふんふんと匂いを嗅いだ後、食べ始めた。
「美味しいかい?」
そう囁く珊瑚の表情は普段は見せぬ穏やかで優しい顔であった。
その顔を横から盗み見しているものがいることにも気づかず。
「珊瑚も早くお食べなさい。せっかくの料理が冷めてしまう」
「あ、うん。そうだね」
子供のようにいつまでも愛猫の様子を眺めていたのを注意されたようで、ちょっぴり恥ずかしくなった珊瑚は慌てて向き直って食事を始める。
注意と言えども、想う娘の意識が己以外の何者かに注がれていることに我慢がならず声をかけたまでなのだが。
そんな自分の為様に法師が内心苦笑した時であった。
「あ、美味しい」
隣から小さな声が聞こえてちらと見やる。
片手をかざし、口元を控えめにもごもごと動かす娘の目は、きゃっきゃとはしゃいでいるかごめに比べると僅かだが、キラキラ輝いている。
箸を持った利き手を膳の上で彷徨わせ、さぁ次はどれを食べようかとうきうきしているのが傍目にもよくわかる。
(おや、珍しい)
あまり表情は豊かな方ではない。
常に冷静で、特に食事時などは食べ物を静かに口に運んでいるか、発言があっても戦略などの事務的なことが多い。
そんな娘が、小さいながらもときどき感嘆の声をあげながら機嫌よく食事をする様は実に微笑ましい。
法師は、漁師たちからの酒を受けたり、自慢話を聞く間も可愛らしい娘の様子についつい目を向けていた。

漁民たちの興味が半妖たちに移り、周りから人気がなくなった隙に隣の娘に話しかけた。
「珊瑚、それが気に入ったか?」
く、っと箸を持った手で一つの小鉢を指す。
「え…?」
「そればかり箸が進んでいるようだったので」
「そ、そう…かな?ていうか、やだ法師様。人の食べるとこあんまり見ないでよ」
恥ずかしそうに僅かに頬を染める娘が愛らしい。
「はい、どうぞ。私のをあげましょう」
「えっいいよ!別に!」
突然自分の小鉢を差し出してきた法師に向って慌てて手を振る。
「だって、ほとんど雲母にあげていたでしょう?気に入ったのならお前が食べるといい」
「確かに美味しかったけど…本当に大丈夫だって!」
「あ、まだ箸はつけていませんからご心配なく」
「そんな心配してないって!」
「…人の厚意を無駄にする気か…」
少しだけ低くなった声に僅かな寂寥感が滲んでいる、様な気がした。
さすがの珊瑚も根負けした。空になったその小鉢が名残惜しかったのも事実である。
「…じゃあ遠慮なく。ありがとう、法師様」
「はい」
法師は満足げな笑みを浮かべて、珊瑚の白い手にその小鉢をそっと乗せた。

「…本当に美味しい」
小さく呟き、ちらりとこちらを伺う珊瑚に柔らかな笑みを向けてやる。
常になく食を進め、たくさん頬張る珊瑚の姿はほんとに愛らしい。
思わずこちらが食べてしまいたくなるくらいだ。故にその笑顔も偽りなく気持ちのままに出たものだった。
「…でもやっぱり一人で食べるのはもったいない。」
「いいですよ。お前の幸せそうな顔を見ているだけで私は腹いっぱいです」
何言ってんの、と睨みつける。
が、すぐに表情を戻し小さくごちた。
「だって、こんなに美味しいもの、法師様にも食べさせてあげたいもの…」
「なっ」

何だそれ…かわいすぎるだろ…っ!

隣で法師が絶句していることにも気づかず、小鉢の中身を取り分けようとしている。
法師はその娘の動きに気づき、やんわりと制した。
訝しげに見上げてくる娘ににっこりほほ笑むと
「では、珊瑚が食べさせてください」
と告げて、口を開く。
「何言ってんの!やらないよ!」
珊瑚は一気に顔を赤くして食事を再開したが、法師は依然にこにこと口を開けて待っている。

いつまで経ってもやめなさそうなその様子に再び珊瑚が負けた。
はぁ、と呆れたような溜息をつき、箸をとる。
弥勒はさらに嬉しそうな表情になった。
その表情が、まるで親からの餌を待つ雛鳥のように見えてくるのだからたちが悪い。
思わず拍子抜けした珊瑚は、幼き日に弟にそうしてやったように
「あーん」
と言いながらその膳を口元に運んでやった。

男にとってその声がひどく甘く響いていたことも気づかずに。



第4位 『歩いているとき自然に手をつなぐ』


「法師様の莫迦!」
縁側で珊瑚は自らの膝に顔をうずめて呻いていた。
法師との関係について、散々漁師たちに囃し立てられたのだ。
まさか、あの「あーん」のシーンをあの場にいた全員に観察されていたなんて全く気付かなかった。
恥ずかしすぎて顔から火が出そうである。
「まぁまぁ、いいではないですか。そういうこともありますって」
背後から諸悪の根源がやってきた。
思わず珊瑚は盛大なにらみを利かす。
「だ、誰のせいと思って…!」
この憎らしい顔がちょっとでも可愛いと思った自分が馬鹿だったと、先刻の自分を罵ってみるも過ぎた時間は戻ってはこない。

「それより珊瑚、ちょっと散歩にでも行きませんか?」
「い・き・ま・せ・ん!」
「何故」
「あのねぇ、ふたりっきりで夜分に出歩いて、また変な噂でも立てられたら困るでしょっ」
「噂も何も事実なんですから構わないでしょう」
「何が事実だっ」
「私たちの関係が」
ずるっとこけた珊瑚が縁側から落ちそうになる。
あれだけ野次馬に囲まれて質問攻めにあったのにこの法師はちっとも懲りていないらしい。
「…頭痛い…」
「大丈夫ですか?」
「あんたのせいだ!」
珊瑚はため息をついて再びうずくまってしまった。
「いいでしょう?散歩くらい。誰にも見つかりませんて」
そう言い手を差し出してくる。
ここで手を取ったら負けだ。先ほどの二の舞となる。
「ダメなものはダメ!どこで見られてるか分からないんだから」
「大丈夫ですって。すぐ戻ってくれば」
「しつこい!」

「…そんなに私と噂が立つのが嫌ですか?」
「は?」
何を世迷言を…と顔を上げると、思った以上に真剣な顔をした法師の視線とぶつかる。
思わず口を噤む珊瑚をなおも法師は真面目な顔で見つめていた。
「私のことが嫌いか」
「…そうじゃ、ないけど…」
言葉尻がしぼんでいき再び俯いてしまった珊瑚をしばらく見つめていたが、突如法師は踵を返した。
そのまま遠ざかる気配に珊瑚がはっと顔を上げた。
「ちょ、どこ行くの!」
「散歩に。お前が付き合ってくれないのなら一人で。」
静かな声音だったがその背には拒絶が漂う。
(やだ、あんなことで怒らせちゃったの…!)
いつもへらへらしているはずの法師が珍しく静かに怒りを見せている。
慌てて立ち上がった珊瑚だったが、怖気づき立ち尽くしてしまった。
思えば今日の法師は大人しかったし優しかった。
恥ずかしいという理由であそこまで嫌がってはいくら弥勒だとて多少は傷ついたのかもしれない。
…あの「あーん」だって本当にかわいいと思ったし、嬉しそうに食べてくれていた。
その時の彼の顔を思い出し、思わず珊瑚の頬が赤く染まった。
その頬をパンッと叩き己を鼓舞する。
―とりあえず追いかけよう。ちゃんと謝らなくちゃ。
と、素直な珊瑚は意を決して縁側を降りた。


庭の隅に小さな戸がありそこを出るとすぐ砂浜が広がっていた。
遠く波打ち際に月明かりに照らされた黒い姿が見える。
その陰まで続く足跡を小走りで辿る。

早く会いたい―
先ほどまですぐ傍に居て、喧嘩のようなことをしていたのに、そんなことを思ってしまうのだから不思議だ。
彼の背中が大きくなる。
もう少しで追いつく。
珊瑚の足はさらに早まる。
「…っ、はぁ、追いついたっ」

珍しく息を切らして呼吸を整えている珊瑚の様子に目を丸くする。
浜に出てきたのは気配で気付いたがここまで必死で追いかけてくるとは思わなかった。
「…大丈夫か?」
先ほどまでの苛立ちも忘れ、思わずそんな言葉が漏れる。
「…ん、へーき…」
「歩きながら息を整えた方が良い。」
と言って弥勒は珊瑚の背中をそっと押した。
ゆっくりと歩を進める法師に合わせ娘も歩き出す。

さく、さく、と砂浜を踏みしめる音と波の音だけが響く夜空の下。
動悸が正常に戻ったころ、珊瑚は沈黙を破った。
「…あの」
法師が視線だけを娘に向けた。
「さっきはほんとごめん」
「…何のことだ?」
「何のことって…法師様怒ってただろ?」
微妙に硬い法師の声音に違和感を覚え、珊瑚が顔を覗き込む。
その表情も同じく複雑な色をたたえていた。

「?」
「別に…怒ってなどはいませんよ」
「そう?」
「…ええ、それより…」
と、口を開いて何か言おうとしたが、結局何も言わずに口を閉じる。
(…あんなことで苛立つなんて大人げなかった…)
はぁ…と法師が心の中で嘆息したとき、そっと右手に暖かみを感じた。
錫杖の環がシャラリと音を立てた。
「…珊瑚?」
右側に目を向けると、錫杖を握るその手を小さな手が握っていた。
娘は恥ずかしそうに下を向いている。
陽光の差す昼間ならば、そのほんのり染まった赤い頬が見ものであっただろう。
「…せっかく、隣をあるいてるんだからさ。二人だけだし。いいだろ?」

「…」
思わず、その手を強く引いて、そのまま自らの腕に閉じ込めた。
「ちょっ、法師様…!」
腕の中の娘は息を呑んで固まってしまった。
「…あんまり可愛いことを言わないでください…」
「…何言ってんのさ」
蚊の鳴くような声で呟くのを無視して、法師はさらに腕の中の娘を強く抱き込んだ。


第3位 『別れ際にすごく寂しい顔をする』


漣の音が遠くに聞こえる―

どれくらいそうしていただろうか。
ばしゃんと波が岩に当たって弾ける音が耳に大きく響きはっとした。
「…ちょっ法師様!いつまでくっついてんの!」
突如もぞもぞと動き出した腕の中の娘に、同じく夢見心地だった男の意識も帰ってくる。
そっと解放してやると、大げさにため息をついた。
「…せっかく良い雰囲気だったのに…」
「し、知らないっ」
慌てたようにざくざくと砂地を進もうとする娘の腕をつかんだ。
「どこへ行くのです」
「どこって…別に…」
困惑したように振り返った珊瑚に穏やかな笑みを浮かべた。
「もう遅いですし、そろそろ戻りましょうか。」


のんびりと。
他愛もない会話をしながら歩く。
優しい時間は緩やかに流れていった。

二人は屋敷に戻ってきた。
「では珊瑚、おやすみなさい」
珊瑚を部屋まで送り、にっこりと笑みを向ける。
「…うん」
と言いつつ珊瑚は視線を彷徨わせるだけで、部屋に入ろうとしない。
「どうした?何か言いたいことでも?」
不思議に思った弥勒がごく自然に尋ねる。
「…ううん。そういうわけじゃ…」
「?」
何だというのだろう?
不思議に思った法師が娘の顔を覗き込んだ。
一瞬体が揺れたが、やがて小さな唇が開いた。
「あの…楽しかった、散歩。」
「ああ。私も楽しかったですよ。」
「…ありがとう」
「いえ、こちらこそ。さぁ、早く部屋に入りなさい。風邪をひきます。」
言いながら珊瑚越しに彼女の背後の襖を開けてやる。
「うん…おやすみ…」
何だか歯切れの悪い返事をしながら一歩後退する。
そのまま部屋に入る動きを見せたので、法師も微笑んで踵を返そうとした。
が、
「あのっ!」
「え?」
威勢の良い声に振り返ると珊瑚が顔だけを開いた襖から出していた。
「ほ、ほんとはもうちょっと一緒に居れたら良いのにねって言いたかったの!おやすみ!」
それだけ言うとばたん!と勢いよく襖を閉じてしまった。
「…へ?」
思わぬことを告げられた弥勒は、たまらぬ思いのやり場をぶつける相手をなくし、その場にへなへなと座り込むしかなかった。
「畜生…何だよ今の…」
顔が熱くなるのを感じて、思わず両手で覆う。
しかし、いつまでも座り込んでいても拉致が明かないので己の足を叱咤するとふらふらと自室へ戻っていった。


(あたっしてば何言ってんの…!)
同じく室内では口元を抑えた珊瑚が、同じように座り込んでいた。
とにかく恥ずかしい。
弥勒と一緒に過ごした時間がとにかく楽しくて、優しくて、湧き出した恋しいという気持ちが抑えられなくて
このまま別れるのが惜しくなり、思わず口にしてしまった。
そして同じように、ふらふらと布団に移動しもぐりこむ。
(法師様、どう思ったろう…)
呆れているだろうか。
驚いただろうか。
…少しでも同じ気持ちを抱いてくれただろうか。
ふっと笑うと珊瑚は目を閉じた。
こんなにも恥ずかしいけれど。彼がどう思ったのかを考えると不安だけど。
―気持ちを伝えられたことが、とても嬉しい。
火照った頬を抑え、早く夜が更けるように願いながら眠りについた。


第2位 『待ち合わせで自分の顔を見た瞬間満面の笑みになる』


漁師の朝は早い。
バタバタと慌ただしく生活が動き出した早朝。
出漁の準備をする人々の間をすり抜け、弥勒は顔を洗いに井戸まで向かった。
冷たい水で顔を洗うと、少しぼーっとしていた頭もすっきりしてくる。
実は昨夜は、せっかく屋根の下だというのによく眠れなかったのだ。

珍しく甘えるような態度だった珊瑚のせいで。

思い起こされるのは、別れ際の科白や絡めて来た腕の温かさ。
何が彼女にそんな態度を取らせたのだろう。
少量ではあるが、機嫌よく酒を呑んでいたので、酔っていたのかもしれない。

確かにもっと積極的になってほしい、といろいろ仕掛けてはいるものの、
いざ、ちょっとでも迫られるとこんなにも動揺をしている自分がいる。
(かっこわりぃ…)
苦笑して前髪をかきあげた。
これ以上彼女が積極的になったら、己の身はもうもたないということなのだろう。
―完敗だ。
そんなことを考えながら、人のいないところを選んでふらふらっと歩いていたはずなのに…
「法師様…?」
聞きなれた声にはっとして顔を上げると目の前には、己の思考を支配していた娘が立っていた。
「…あぁ、珊瑚…おはよう」
何とか、いつも通りの笑顔を繕えた。
「お、おはよう…」
少し恥ずかしげなのは昨日のことを思い返しているからだろうか。
「早いですね」
「法師様こそ」
「まぁ、こちらの皆様が活動し始めたので。目が覚めてしまいまして」
お前もだろ?という風に目配せをしたが、なぜか珊瑚はかぁーっと頬を染めて目をきょろきょろさせ始めた。
「珊瑚?」
「あ、あたしは…その…」
この歯切れの悪い態度。
見覚えがある。これは昨夜そう別れ際、彼女の寝室の前で。
―嫌な予感がする。
「…何だか、その…ほ、法師様に会いたくて…早起きしちゃったの」
そう言って上目使いで見上げた珊瑚の全身から会えた喜びがにじみ出ている。
言葉もない弥勒はたまらなくなり、その場から駆けて行ってしまった。


第1位 『男性の服の裾をちょっと引っ張る』


「莫迦すぎるだろ、俺…」
たどり着いた先で、柱に手をつき大きくため息をつく。
いくら何でも、女のセリフに動揺して逃げてくる、など。
しかも、あの珊瑚が、なけなしの勇気を振り絞って告げてくれたのであろう素直な気持ちを。
踏みにじってしまっただろうか…泣かせてしまっただろうか
再びため息をつき、柱に背を向けるとずるずると座り込んだ。

「あら、法師様。そんなところで何を?朝餉の準備ができていますよ。」
そのままの体勢で小さく唸っていると、屋敷の下働きの女性が声をかけてきた。
はっとなった弥勒は慌てて立ち上がると、小さくお辞儀をして悠然と歩きだした。

朝食は、昨夜宴会が催されていたその部屋に用意されている。
部屋が近づくほど、弥勒の歩みが遅くなる。
先ほどあんなことをしておいて、どのような顔をすればいいのだろうか…。
いつも飄々としている自分があの程度のことで動揺している時点で不審なのに、あまつさえ逃げ出してしまったのだ。
が、いつまでもそこに居るわけにもいかないので、意を決して障子に手をかける。
果たしてそこに珊瑚は座っていた。
「あ、弥勒様おはよう。散歩でも行ってたの?部屋に行ってもいないから先食べちゃってるわよ」
「…そうですか…」
かごめが無邪気に話しかけてくるが、その隣の珊瑚は目も合わせてくれない。
当然だろう。
少し悄然としている法師と、やけに静かな珊瑚の間に流れる空気にかごめは首を傾げるが、特に問い詰めることはしなかった。

「ありがとうございました!お世話になりました」
「また遊びに来てくださいね」
かごめと七宝が漁村の人々に軽やかに別れのあいさつをしている。
いつもならそこに弥勒と珊瑚も加わるのだが、今日は二人とも後ろで控えていた。

「なぁ、かごめ。」
「ん?」
犬夜叉が隣で自転車を押すかごめに小声で話しかける。
「なんかあいつら様子がおかしくねぇか?」
「…そうよね。あたしの気のせいじゃないわよね」
そして二人して背後を黙々と歩く法師と退治屋を振り返った。
法師は何か神妙な面持ちで歩を進め、娘は少し暗い表情で歩いていた。
「ついに別れたか?」
「しっ!それは言っちゃダメ!」
「…空気が重くてやっておられん」
自転車のかごで二人の会話を聞いていた七宝が口を挟んだ。
三人はそろってため息をついた。
「だーっ!やりづれぇ!おい、弥勒、珊瑚!」
犬夜叉の呼び声に二人が顔を上げた。
「二手に分かれるぞ!俺らはこっちの道を行くからおめぇら二人であっちへ行け!」
そう言いかごめと自転車をひょいと持ち上げると突き当たった三叉路の右側へずんずんと進んで行ってしまった。
唖然としていた二人だったが、一瞬ちらと眼を合わせると、珊瑚が無言で歩き出した。
少し距離を開けて法師が後を追う。

しばらく歩くと少し広い場所に出た。
そこで意を決したように弥勒が足を止め、口を開いた。
「珊瑚」
その声にびくっと反応した娘が足を止めた。
「今朝のことは…本当にすまなかった」
素直に謝り、首を垂れる。
真摯に響いたそのセリフに振り向いた娘の目は少し怯えた色をのぞかせていた。
法師の胸に罪悪感がせりあがる。
「私が悪かった…なんていうか、少しびっくりしてしまって…」
苦笑を浮かべる弥勒だが、珊瑚の表情は憂えたままだ。
「…迷惑だった…よね」
「え…」
「あたしの方こそゴメン…もう甘えたことは言わないから」
肩を落としてとぼとぼと歩き出した華奢な背中が僅かに震えた気がして、
気づけば法師は己の腕に抱きしめていた。
「きゃっ…」
珊瑚から小さな悲鳴が上がる。
申し訳ない気持ちと愛しい気持ちが法師の腕を強めさせる。
「お前は悪くない。悪いのは全面的に俺だ」
「…な、なんで…」
「…」
とはいえ、言うほどのこともない。

弥勒が逡巡していると、焦れた珊瑚が腕の中から見上げてきた。
「…笑わないか」
コクリと小さくうなずくのを確認し、小さくため息をつくと腕を緩めその場に座り込んだ。
「端的に言うとですね、お前があまりに可愛いので堪えられずに逃げました」
へへっと笑う法師を穴が開くほど見つめた後、彼の言った言葉を理解した珊瑚の口からは
「…は?」
と一言だけ低い声が漏れた。
「…信じてませんね?」
「当たり前だろ…ちゃんと言ってよ。迷惑だったって」
「あのねぇそんなわけないでしょう?…じゃあ正直に言いますけど」
なかばふてくされかけている珊瑚に、同じく自暴自棄に本音を告げることにした。
弥勒は大きく息を吸うと口を開いた。
「好きな女に『ずっと一緒に居たい』とか『会えて嬉しい』とか頬を染めて言われてごらんなさい。
そりゃ興奮して身も持ちませんよ。立ち去ってなかったらお前に何してたか分かりませんからね。とりあえず鼻血出さなかっただけましだわ」
言葉をなくした珊瑚が「嘘だ!」と言えなかったのは、
ここまでまくしたてるように喋り顔を覆ってしまった弥勒の覆いきれなかった部分が僅かに赤かったからである。

「が、今後は我慢をするのは止めます」
「え?」
顔を覆っていた掌が珊瑚の肩をつかんだ。
明るみになった法師の表情はいつものにやけた顔で…

ばちーーーん

「どうやら仲直りしたようじゃな」
遠くに鳴り響いたいつもの鉄槌の音に七宝がうんうんと頷いた。

「にしても、何で逃げちゃったんでしょう。あんなに素直なお前など滅多にお目にかかれないのに。ねぇ」
犬夜叉たちと合流するべく二人は並んで歩いている。
「知らないよっ」
「珍しすぎて対応できませんでしたよ…あまつさえ逃げるなんて一生の不覚です。」
頬に手形をつけた法師はようやくいつもの調子を取り戻したようだ。
「それにしても、何であんなに素直だったんですか?酔ってたのか?」
「…別に。酔うほど飲んではないよ」
「では何かいいことがあったとか」
「強いていうなら」
「ん?」
「…漁師の人たちがさ、里の皆と重なって」
「…」
「活気があって、声が大きくて。…仕事に誇り持ってて。そういうのが、里を思い出させたというか」
「…童心に帰ったというわけですね」
そう言い弥勒は優しい顔でゆったりと歩き出した。

その表情になぜか胸が熱くなる。

思わず珊瑚は目の前で揺れていた法衣の袖を握った。
驚いた弥勒が振り返ると、頬を染めわずかに潤んだ瞳の珊瑚が食い入るように見つめていた。

「今度は本気で我慢しませんよ…」
目を細めた弥勒の手が、娘の輪郭をなぞった。


一行が合流するまでまだ少しかかりそうだ。




あとがき
お前ら過酷な旅の途中で何やってんの??
4,5位はまだよかったのですが1〜3位女の子あざとすぎて苦しかったです。
珊瑚ちゃんそんなことしないよ!?弥勒様のキャラも異常でした
彼の辞書に動揺なんてないのにね!?
お粗末さまでした。。。

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