いつか大人になってをして心が変わっていても
今見てる風のように変わらないものもある
僕とこの先の海へ朝を見に行こうよ
きっと忘れないでそのんだ心を大切にね



朝日を見に行こうよ



その日一行が寝床としていた小屋は海にほど近い場所にあった。

あたりがぼんやりと明るくなってきた。
(もうすぐ日が昇る…)
その事実に軽く絶望を覚える。
眠らなければならないのに一向に眠れないまま朝を迎えるのか。
苛立ちをどうにもできなくて、珊瑚は小さく小さく溜息をついた。

ふっと気配が動いた。
そっと振り返ると、薄闇の中でも弥勒と目があったのが分かった。
(…ごめん、起こしちゃった?)
そっと目線で伝えてみる。
珊瑚の心配を全く意に介さず、弥勒は柔らかく微笑み、くいっと顎を動かした。
どうやら、外に出るように言っているらしい。
(何だろう?)
珊瑚が首を傾げながらも音を立てずに起き上がると、弥勒は立ち上がり小屋の外に出た。
珊瑚もそれに続く。
まだ暁の刻だ。
あたりは薄暗く、肌寒い。
「さむ…」
思わず呟くと、弥勒の手が彼の袈裟の結び目にかかった。
「だっ大丈夫だから!」
軽く慌てる珊瑚の申し出を歯牙にもかけず、法師は袈裟をその細い肩にかけた。
「…ありがと…」
観念したように聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声で告げた珊瑚に、弥勒は優しく微笑んだ。

「あの…何か話?」
痺れを切らした珊瑚が口を開いた。
連れ出しておきながら空を見上げたまま無言の法師の横顔をそっと窺う。
「ねぇ…」
「なぁ珊瑚…少し歩きませんか?」
ふっとこちらを向き柔らかく告げた弥勒は珊瑚の手を優しく握った。
ぼーっと繋がれた手を見ていた珊瑚だがその手を引かれるに至ってようやく状況を把握した。
「…!ちょっと、手!」
「いいでしょう。少しくらい。」
「や、やだ!はなして!」
恥ずかしさのあまり振りほどいてしまった珊瑚を振り返った弥勒は困ったような目を向ける。
「珊瑚…」
珊瑚が己の手を胸元で握り俯いているとすぐ近くでしゃりんと音が鳴った。
小さく顔を上げると優しい顔の弥勒と目があった。
「ではここを持ってください。」
差し出されたのは掌ではなく、錫杖だった。
珊瑚は少し迷ったが、弥勒が握る少し下をそっと握った。
「さ、行きましょうか」
弥勒がそのまま歩きだしたため、錫杖を握ったままの珊瑚も引っ張られる。
拘束されているわけではないのに、珊瑚はその手を離さない…離せなかった。
心地よい束縛をされているような感覚に、戸惑う。
(法師様って本当に不思議だ…)
錫杖を通して彼の温かさが伝わってくる。
これも法力だろうか…

珊瑚はしばらくふわふわとした思考に揺蕩っていたが、それも弥勒の声により中断された。
「良かった。間に合いました」
「間に合った…?」
弥勒が足をとめたそこは視界が開けて海全体が見渡せる小高い丘だった。
「来るぞ」
「は…?」
「日が昇ります」
弥勒はふっと笑い珊瑚を体ごと東の方に向けた。
「あ、ちょっと何どさくさに紛れて触っ…」
弥勒の腕を払おうとした珊瑚だが、目に映るその景色に言葉を失った。

東の空に赤く煌めく太陽が昇る
すべてのものに光を注ぎ、命を与える
刻が、動き出す―

それは、生きとし生けるものの力強さを感じさせる光景だった。
「綺麗…」
その言葉は珊瑚の口から無意識にこぼれ出た。

いつの間にか、弥勒と手が繋がれていた。
ぎゅっと力強く握られていたが、珊瑚の方ももう離そうとは思わなかった。
生命の息吹に素直に感動できるのは、こうして支えてくれる存在があるからなのだろう。
珊瑚は感謝の意をこめて弥勒にほんの少し身を寄せて囁いた。
「…ありがとう」
「ん?」
あたしを支えてくれて、なんて言えないけれど。
「…日の出、見せてくれて」
「いいえ」
暫く無言で日の出を眺めていたが、すっかりお天道様が顔を出したころ弥勒が口を開いた。
「眠れぬ夜は私を起こしてください。」
「は?」
珊瑚は胡乱な眼を向ける。
「…別に変な意味じゃありません。ただ一人暗闇の中目覚めてしまうと、とてつもなく孤独でしょう?」
「…」
まったくその通りだ。
眠れぬ自分に苛立ち、その理由に心を掻き毟られ、闇に飲まれそうになる。
しかし、そのような夜は一夜や二夜ではない。
それに…
「法師さまだって、普段そんなに寝ていないんだ。せっかく眠っているようなときに起こせない。」
「そんなことはない」
「そんなことある」
言い捨てて睨みつける珊瑚。

ああ、この娘はいつも険しい顔をしている。
そうでなければ哀しい顔。

「…私はいいんだ、だが珊瑚」
「いいわけないだろ」
「お前に、孤独は似合わん」
珊瑚の眉間にしわが寄る。
「私は、孤独な人生を歩む運命なんです。」
…ここに、孤独が巣食っている。
珊瑚の左手を握る、彼の右手に力がこもり、珊瑚ははっとする。
そして、哀しい表情を浮かべる。
「だが、お前は違う。あんなことがなければ、幸せに生きていくはずだった。…お前が孤独ではいけない。」
何故だろう、なぜかひどく哀しい。
先ほどまであんなに傍にいてくれたのに、急に、突き放されたような。
「…ばかにしてんの?」
だから、言ってしまう。
「何故そうなる」
「私は、ぬくぬくと育ってきたから、一人じゃ何も出来ないって、そう…」
「そのようなことは、」
たちまち激情に支配された珊瑚を、弥勒の言葉では抑えられない。
「確かにあたしはみんなに迷惑かけてばかりだ。琥珀のことだって、一人で突っ走ってとんでもないことをした…でも、私だって戦える!法師さまに守ってもらわなくたって平気だ!あたしは退治屋だ!」
繋がれていた手はいとも簡単に振りほどかれた。
「珊瑚…」

珊瑚の肩はふるふると小刻みに震えていた。
そこで弥勒は、己が目の前の娘を傷つけたのだと知る。
「すまない、珊瑚…いらぬことを言った」
自嘲気味に響いたその台詞に珊瑚の視線が弥勒のそれと絡む。
「お前が無力などとこれっぽっちも思ってはいませんよ。お前は、本当に真っすぐで、あの太陽のような生命力を持っている。それがお前の強さだと思う」
「強い…?」
「先ほど、日の出を見て『綺麗』と呟いただろ?そのままで…いてほしい。そう、言いたかったんです」
その純粋な魂を汚さずにいてほしい…
珊瑚はよくわからないというように首をかしげる。
こういった可愛らしい仕草が微笑ましく、弥勒の表情も自然穏やかになる。
「私と一緒に日の出を見たことなんて忘れてくれて構わない…が、今日見た景色、感じたことは忘れないでほしい」
優しく響く言葉に、珊瑚の心を支配するものが、激情からひどく甘い何かにすり替わっていく。

「…忘れないよ。」
今日、法師様がくれた何か。
確かにあたしを見て、受け止めて、言ってくれた『そのままでいてほしい』。
「日の出…法師さまが見せてくれた。」
「…眠れない夜は私を起こしてくれますか?」
「…起こさないでいいようにちゃんと眠る」
「はは…それが一番ですね。だけど…」
「?」
「たまにはこうして一緒に朝日を見に来ませんか?」
その表情は目の前で穏やかに凪いでいる海のように優しい。
「…うん。」

この美しい光景は心を浄化させる。
神々しい太陽は生命力を与えてくれる。
あなたと一緒だったら、素直にそう感じられるでしょう。

「きれいだね、本当に」
そうつぶやく珊瑚の横顔は息をのむほど美しく、朝日を浴びてかほんのり赤い。
ならば、己も同じく赤く染まっているのだろう。
だから、決して戯言などでなく、本音が漏れる。
「…お前のほうがきれいだ」
「…!」
法師のつぶやきに勢いよく彼を振りかえった珊瑚は、今度こそ朝日のせいでなく顔を真っ赤に染めていた。
「私にとっての太陽はお前ですな」
「な、な、な、何を…!」
にっこりと笑って抱き寄せた。

が、直後にぱーんと大きな音が鳴り、弥勒の頬には朝日が昇り切っても消えない紅い跡が残るのであった。

「全く何なのさ!せっかくのきれいな景色も台無し!」
「まあまあそう怒らずに」
ずかずかと小屋への帰路を行く珊瑚の表情に、往路のような憂いは見られない。
情けない声で後を追っていた弥勒だが、突如立ち止まった珊瑚に合わせてぴたりと立ち止まった。
「どうしました?」
弥勒が珊瑚の背に尋ねる。
珊瑚は今考えていることを口に出すか否か、逡巡していたがようやく意を決して口を開いた。
「…違わないよ」
「ん?」
「あたしと法師様は違わない。法師様だって、孤独じゃいけない」
弥勒は目を見開く。

この生命力に満ちた娘と、死を掌に握る己とが違わない…?

「ていうか、もう、孤独じゃないよね。」
犬夜叉がいて、かごめちゃんがいて、七宝がいて、雲母がいて…あたしがいる。
恥ずかしそうに響いた言葉に、珊瑚がどんな顔をしているのか見たくなったが、
恐らく間抜けた表情をしている自分を見られるわけにはいかないと思い直す。
弥勒はもどかしさを抱えながらも、珊瑚を振り向かせることをぐっとこらえた。
―が。
「…あたしにとっての太陽は法師様だ…」
と、どう聞いても告白にしか聞こえない科白を履き、羞恥に耐え切れなくなった珊瑚が
肩にかかっていた袈裟を投げつけとうとうと走り去ってしまったため、どちらにせよその表情を拝むことはできなかった。

残された弥勒は、くつくつと笑い、かすかに珊瑚のぬくもりの残る袈裟に顔をうずめた。
笑いが、止まらない。
(忘れるな…忘れてくれるなよ、その魂も、俺に向けてくれている気持ちも)
顔を上げた弥勒は不適の笑みを浮かべている。
「必ず捕まえに行く」
刹那袈裟を翻し、素早くそれを身に着けた弥勒は法師の顔で悠然と歩きだした。

再び、こうして二人で朝日を見る時には、何かが変わっていればいい、そう願いながら。






あとがき
当サイト1周年記念です。
songカテゴリー、初のシングル曲です。もしかしてご存知の方もいらっしゃるかと思います。
私はこの曲大好きです。PVが、すごく情緒的。
美しい日の出を想像してもらえるといいな、と思って書きました。
珊瑚のまっすぐさを太陽に重ねて。
つたない文章最後までお読みいただきありがとうございました。

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