どうしてもがいい なんでかわからないけど
真夜中の舗道で ばかみたいに待つくらい
どうしてもがいい 他の誰も欲しくない





犬夜叉が奈落の匂いを察知し、足早に追っている途中、鋼牙と出会った。 目標は同じわけで、それは至極当然のことだった。
しかし、相変わらず犬と狼の相性は最悪で、キャンキャン揉めているうちに奈落の匂いは突如消えた。
鋼牙は慌てて、今まで匂いがしていた方に走り出した。 もちろん、かごめの手を握ることを忘れずに。
弥勒は、すぐさま追いかけようとした犬夜叉を錫杖で強かに殴り動きを止め、 入れ違いで現れた鋼牙の仲間ににこやかにあいさつをし、犬夜叉を振り返る。
犬夜叉は、何しやがるんだ、と吠えている。
弥勒はため息をつき、匂いをもらしたのは、奈落の罠かもしれない。 近隣の村で何かあるかもしれないから、立ち寄った方がいいと説く。
仲間達は弥勒に賛成し、まだぎゃんぎゃん言っている犬夜叉を放ってさっさと歩きだした。
ほどなく大きな街が現れた。




どうしても君がいい



街に着いたころ、犬夜叉が追いついてきた。
「待ちやがれってんだ!」
犬夜叉の登場に目もくれず、仲間は話しだす。
「特に異変はなさそうだけど。」
「うん。四魂のかけらの気配もないわ。」
「聞いてんのか!」
「一応、様子を見て行く?」
「そうしよう。」
「おい!」
「あ、犬夜叉いたの。」
「さっきからずっといるだろうが!」
ごめんごめんと言いながら、歩き出す仲間たち。
暫く無言で歩いていたが、後ろから犬夜叉がポツリとつぶやいた。

「さっきはやせ狼と何の話してたんだ。」
「は?別に。ただの世間話よ。」
「やけに楽しそうだったじゃねぇか。」
「何言ってんの?」
「てめぇ、しらばっくれる気か!?」
「はぁ!?大体あんたがね…」
わんわん永遠に続きそうなけんかが始まった。
前を歩く仲間たちは、またかと呆れながらも、一応街を見回っている。

そんな様子で歩いていると、目の前の屋敷から、華やかな娘二人に挟まれた男が出てきた。
この男、一行がよーく知っている人物であった。男は法衣を纏っている。
「あ。」
かごめと犬夜叉は、とんでもない現場に鉢合わせされた法師に気づかず、
前が立ち止まったので、なんとなく立ち止まって喧嘩を続けていた。
「もううっさいわね!」
急に焦りだした法師の態度に両手の花である娘たちは不思議そうな顔を向ける。
焦るのも当然である。なにしろその屋敷は郭であるのだから。
「どうしたんです、法師さま?」
「いえ、別に…急ぎましょう。」
「法師さま?」
逃げ出そうとする法師を遮るように、かごめの絶叫が…
「犬夜叉の馬鹿!私、実家に帰…」
「帰る。」
「え?」
「実家に帰る!」
雲母を呼んで、空高く飛び上がって行ったのは、かごめではなく珊瑚だった。

「珊瑚ちゃん?…ってあれ弥勒さま?」
「はは、かごめ様。こんなところで会うなんて奇遇ですね。」
「何が奇遇じゃ。おらはどうせこんな事だろうと黙っておったが…」
「弥勒さま、そう言えばいなかったんだ。全然気付かなかった。」
「弥勒てめぇその女どもは何だ?」
「え、これは、その…」
「ねぇ、もしかして、ここって…」
かごめは、自分たちが立ち話をしている目の前の屋敷を見上げる。
現代の中学生のかごめには識別しがたいが、何というか、そういう雰囲気の場所である。
かごめは思いっきり軽蔑したような目で弥勒を睨む。
「いえ、かごめ様、違うんですよ。別にこの娘たちとは何のやましいこともありませんから。」
「じゃあ何してたの。」
「ここを通りかかったとき、小さな怪異が起こりましてね。詳しい話を聞こうとこうして…」
「弥勒…街に着いた途端、おらたちを放ってここにまっすぐ来たんじゃな?」
「それはだから異変を感じてですね…」
「どうでもいいわよ、そんなこと!珊瑚ちゃん、珊瑚ちゃんを追わないと!」
「しかし、怪異を放っておくわけには…」
「何言ってんの!こっちはどうにかしとくから、弥勒さまは珊瑚ちゃんを追って!」
「実家に帰ると言うとったが、退治屋の里に帰ったのか?」
七宝は心配そうにかごめを見上げる。
「ああ…珊瑚の匂いは、退治屋の里の方に向かっている」
犬夜叉が珊瑚の去った方に鼻を向けて言う。
「ここからそう遠くねえ。お前の足なら日が暮れる前に着くだろう。」
「退治屋の里まで走るんですか?一人で?」
「文句言わない!大体弥勒さまの浮気が原因なんだからね!」
「浮気じゃないですってば。」
「いいから、早く行きなさい!ゴーーーー!!!!」
かごめの剣幕に圧され、弥勒は名残惜しそうに娘と別れ、歩き出した。
「かごめ、さっきの叫び声は何じゃ?」
「あれは、飼い主が犬に向かって使う言葉よ。」
「うちの男どもはどちらも飼い犬か…おらがしっかりせねば!」
ごつん
「痛っ!うわーん!かごめー!」
「犬夜叉、おすわり。」
「やめろー!」
何ともにぎやかなやり取りに、自分たちの怪異はどうなるのだろうと、顔を見合わせる遊女たちであった。


弥勒が退治屋の里に着いたころ、あたりはすでに薄闇に覆われていた。
悠然と歩いていたのは最初だけ。
村を出た後は、猛スピードでここまでやってきた。
故に軽く乱れた呼吸を調えると、小さく呟いた。
「さてと」
弥勒は神経を研ぎ澄まし、周囲に妖気も人気もないことを確認した。
珊瑚の腕は確かだし、雲母もついているとはいえ、心配なものは心配である。
なんとか壊れずに済んだ家屋のうちの一軒に灯りがついている。
こんな山奥の荒れ果てた里で、意気揚々と暮らしている人がいるはずもないのでそこにいるのは間違いなく珊瑚だろう。
弥勒はまっすぐにそちらに向かい引戸の前に立った。
少し躊躇ったが、不躾に開けても珊瑚の機嫌を損ねるだけだと、声をかけることにした。
「珊瑚、私だ。」
当然返事はない。
「開けてくれませんか。」
開くはずもない。
だが、珊瑚は決して本気で己から離れたいと思っているわけではない。
恐らく犬夜叉とかごめのけんかに触発されて、いつもより度が過ぎたことをしているだけだ。
ここで、謝って出てきてくれと泣きついても、こちらは疲れるし、珊瑚にとっても釈然としないだろう。
ここは、抱きしめて甘い台詞を囁き、とろとろに口説き落とすのがよい。
というより是非そうしたい。
「よし」
方向性が決まると弥勒は戸に手をかけた。
しかし、びくともしない。
折角温存されている家屋を壊すわけにもいかない。
弥勒は軽くため息をついた。
「では珊瑚。開けてくれるまで外で待っています。」
そう言うと、六輪をしゃらんと鳴らし、近くの岩にもたれて腰を下ろした。


日は完全に沈み真っ暗になった。
まさかこんなにすぐ追いかけてきてくれるとは思わなかった。
(それは嬉しいけど…)
珊瑚としては、折角退治屋の里も近いことだし、墓参りついでに実家に帰り、朝一番に戻ろうと思っていた。
弥勒が声をかけたとき、のんびり食事や灯りの準備をしていただけだったが、彼を反省させようという魂胆もあるので、出るわけにはいかない。
(外で待ってます…って入ってくればいいのに)
とそこで、防犯のためにつっかえ棒をしていたのを思い出した。
珊瑚は静かに立ち上がり、そーっと格子窓から弥勒の様子をうかがう。
目を閉じてじっとしている。
何を考えているのだろうか。
(昼間の女のこと…?)
根も葉もなく浮かんだ疑念だが、そう言えばあそこは郭だったとか、何をしていたんだとか、
想像はあらぬ方へ進み、珊瑚はだんだんイラついてきた。
(一生そこに座ってろ)
心の中で吐き捨てると、さっさと窓から離れた。
できた粥のような雑炊のような料理を、雲母のために平たい皿に乗せ冷ましてやる。
(あたしはまだお腹空いてないし…)
彼女は心の中で言い訳をし、そっと鍋に蓋をした。
しばらく雲母とじゃれていると、冷たい夜風が入ってきた。
「寒い…」
珊瑚は雲母を抱きかかえ、さらに火に近づいた。
「外…寒くないのかな」
法師のことを思い浮かべたことにはっとして、珊瑚は己の体をぎゅっと抱きしめた。
苦しくなった雲母が腕からすり抜けた。


「寒いな…」
弥勒は自分で自分を抱き込み暖を取る。
(どうせなら珊瑚を抱きしめたい)
などと考えながら煌々と明かりの洩れる家を見やりため息をついた。
再び瞑目し、彼女に思いを巡らす。
(本当に珊瑚は意地っ張りだな。まぁそれが可愛いんだが。)
弥勒が、別に怒った風もなく鷹揚に構えていると、不図視界が明るくなった。
顔をあげて、開いた引戸を眺めていると、おずおずと珊瑚が出てきた。
「珊瑚」
「…風邪でも引かれたらみんなに迷惑かかるし。」
「では、入っていいのですね?」
「寒いんだから、早く!」
「はい」
弥勒は嬉々として立ちあがり、珊瑚の元へ向かった。
「それはもらってもいいのか?」
弥勒は顎で珊瑚の手に持たれている湯気の上がるお椀を指した。
「…作り過ぎたから」
「ありがとうございます」
珊瑚は腰をかけた弥勒にお椀を差し出し、囲炉裏を挟んで反対側に座ると自分の分もついだ。
雲母は食べ終わったお皿の横で丸くなって眠っている。
「私と一緒に食べようと、待っていてくれたんですね」
「ち、違うよ!」

「こうしていると本当に夫婦みたいですね」
嬉しそうに、食事を口に運ぶ弥勒を珊瑚は睨みつける。
「そんなに見つめちゃって、どうかしたんですか?」
「…反省してないよね?」
「反省?」
「浮気」
「浮気なんてしてませんよ。大体あんな短時間で何ができるって言うんですか。珊瑚だってわかっているでしょう?」
珊瑚はプルプル震えながら弥勒を思いっきり睨みつけている。
「珊瑚?」
「…法師さまのそういうところが大っきらいなの!!!!」
そう言って、お椀の中身を勢いよくかきこむと、荒々しく立ち上がり雲母を睨んだ。
気持ちよく眠っていた雲母は殺気を感じ、震えながら目をパチクリさせた。
「雲母、帰ろう」
雲母は困惑しながらも、弥勒をちらちら見ながら珊瑚のそばに歩いていく。

弥勒は、そっと立ち上がり、出口を塞ぐように立ちはだかった。
「どいて」
「いやです」
「…じゃあ謝って」
「いやです」
「なんでさ!」
「謝ることは何もない」
「はぁ!?本気で言ってるの!?」
「私は浮気などしていない。いつでもお前に本気だ。」
「嘘だ!いっつも他の女の手握って!見つめて、口説いて、誘って、触って…」
「うるさい」
「!」
珊瑚はまだ喚いていたが、弥勒は気だるげにその唇をふさいだ。
後頭部を抑え、その口内に侵入し、彼女に抵抗をするすきを与えない。
やがて足腰から力が抜け、しなだれかかってきた珊瑚の体を支えた。
息苦しそうにあえぐ彼女に構わず、行為を止めるどころか抱きしめる力を強める。
「ん…んふ…」
どれくらいそうしていたのだろうか、とうとう彼女が意識を失ったところでようやく解放した。
囲炉裏の火はすっかり消えていた。


火がバチバチと爆ぜる音に目が覚めた。
鍋釜や食器はどこかによけられている。
ゆっくりと体を起こすと何かが肩から滑り落ちた。
囲炉裏の火に照らされるそれは弥勒の袈裟だった。
(法師さま…)
囲炉裏を挟んで反対側の壁にもたれて眠っている弥勒に目を向けた。
「気付いたか」
唇が動いた後、彼の目がゆっくり開く。
「すまなかったな」
珊瑚は黙したまま用意されていた白湯をすすっていたが、意識がはっきりしてくると眠る前のことを思い出した。
「謝ることはないんじゃなかったの」
「浮気のことではない。気を失わせたことに対して謝っているんだ。」
「…」
珊瑚は弥勒の荒々しい口づけを思い出し、赤くなって俯いた。
「分かりましたか」
「…何が」
「私がお前だけに本気だということです」
「…知らない」
赤くなった顔を隠すように、茶碗を口元に持っていく。
十分すぎるほど伝わっていたが、そんなこと簡単に言えるはずもない。
「口づけだけでは分かりませんか?もっと先のこともしましょうか?」
「分かった!分かったからもういい!」
珊瑚は激しく首を振り、茶碗を荒々しく置くと、近くにいた雲母を手繰り寄せて抱きしめた。

「寒いんですけど、そばに寄っていいですか?」
弥勒の唐突な発言に珊瑚は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに彼の袈裟をかけてもらっていたことを思い出した。
コクリと小さく頷く珊瑚に微笑みを返しながら弥勒が隣に移動する。
そして、雲母を抱きしめる珊瑚ごと抱きしめた。
「ちょっと…」
珊瑚は困惑したような声を発し、頬を染め上げる。
「ってええ!?なななに?」
しかしそのまま二人で一枚の袈裟を使うようにして寝かされた。
「だから寒いんですってば。」
「だったら袈裟返すから!!あたしは雲母と寝るから大丈夫!」
「いいじゃないですか」
「よくない!」
しかし弥勒は意に介することなく話題を逸らす。
「犬夜叉たちは怪異を解決してくれたでしょうか…」
「…怪異?」
「例の屋敷で妖気を感じましてね。」
「郭…」
「ええまぁ…でも別に何もしてませんよ」
弥勒は暗い顔で落ち込んでしまった珊瑚を抱く力を強める。
「何も案ずるな。他の女などいらん。私は何をおいてもお前がほしいのだから。」
「法師さま…」
「珊瑚がいいんだ。」
そう言うと、彼はにっこり微笑んだ。

すぐ追いかけてきてくれた。
ずっと待っていてくれた。
自分を求めてくれた。
「分かるだろう?」
精一杯の肯定の意を込め、頬を肩口に寄せてきた娘の艶やかな黒髪に、弥勒は優しい接吻を与えた。

煌々と燃え上がる炎に照らされながら、二人で眠りに落ちた。





あとがき
彼女の実家でいちゃこらデートです☆(違
鋼牙くんが出てきたことに意味がなくて大変申し訳ないです…
たまには原作の世界観を大事にしようかと…逆に壊してるって?
ともあれ別におまけはその夜の秘めごとではありませんので悪しからず…




おまけ…

翌朝、里のみんなの墓前で弥勒が経をあげてくれた。
そして二人は雲母に乗って犬夜叉たちの元に戻る。
途中、つむじ風が猛スピードで近づいてきたかと思うと、眼下で突如消えたので、降り立った。
「何だ、お前らだけか。かごめはどうした。」
「かごめ様と犬夜叉はこの先の街にいます。ところで、鋼牙、奈落の匂いはどうなった?」
「何も見つからなかった」
「匂いを漏らしておびき出してきたわけでもないのか」
ねぇ法師さま…と珊瑚が弥勒を振り返る。
「ああ…奈落の分身の中にも絶対服従ではないものもいるようだからな。そいつらが匂いを漏らしたのかもしれん。」
「まぁ何でもいいが、俺はもう行くぜ。かごめによろしく言っといてくれ!」
「ああ、分かった。」
と、弥勒が返事をする前に、鋼牙は行ってしまった。
「待ってくれよ!鋼牙!」
そこで追いついてきた仲間に手を振り見送る。
二人は再び雲母の背に乗り、空に飛び出した。

ようやく、犬夜叉たちのいる街に戻り、先ほどの鋼牙とのやり取りを伝える。
こちらの怪異も小妖怪が巣くっていただけで、何なく解決したらしい。
「ん?かごめちゃんなんか嬉しそうだね」
「だって珊瑚ちゃん…」
「何?」
「弥勒さまと、二人っきりでお泊りなんて…」
「…!か、か、かごめちゃん何言ってんの!」
慌てて手を振る珊瑚を抱き寄せ、弥勒がにっこりとかごめに応える。
「しっかりいただきました。」
「嘘!嘘だから、かごめちゃん!」
「え〜どうかな〜」
ははは〜と楽しそうに笑うかごめの後ろ姿に泣きたくなる珊瑚だった。


■□戻る□■





inserted by FC2 system