数奇な運命

―やっぱりおかしいよね?
珊瑚は先ほどから隣を歩く法師に違和感を覚えていた。
―そうか
自分を見つめる視線に気づいた法師が声をかける。
「どうした、珊瑚」
「法師さま…何か今日、小さくない?」
「…はい?」
「縮んだ?」
「そんな訳ないだろう。お前が伸びたんじゃないのか?」
「一日じゃ伸びないよ。」
「それを言うなら一日では縮みません。気のせいでしょう。」
「えー、そうかな?」
「そうです。」
違和感をぬぐいきれないらしい珊瑚を見やると確かにいつもより近く感じる。
(まぁ気のせいだろう。)
その日は、妖怪退治を行った裕福な家に宿を求めた。

翌日。

「…っているんだ。」
「いや、だから…」
「あ、おはよう!」
「おはようございます」
先に朝餉の席についていたかごめたちの元に男性陣が入ってくる。
「なー、かごめ変だよな?」
「何が?」
「今日の弥勒、ちっせーよな?」
「え?」
その場にいた皆が二人を見比べた。
確かに、弥勒の方が犬夜叉よりいくらか背が高かったはずだが、今はほぼ同じくらいである。
「あれ、ホントだ。」
「ほら、法師さま。気のせいじゃなかったよ。」
「…」
弥勒は複雑そうな顔をする。
「犬夜叉の背が伸びたんじゃないの?」
「そんなもん、もう百年以上変わってねーよ。」
「ね、ね、珊瑚ちゃん並んでみて?」
「え?あ、うん」
珊瑚はそろりと立ち上がり弥勒と犬夜叉の間に立つ。
「犬夜叉と珊瑚ちゃんはいつも通りだけど、弥勒さまは、いつもより珊瑚ちゃんと顔が近いわね。」
「病か?」
「そうかも!骨とか筋肉の病気…テレビで見たことあるわ。背が縮むってこともあるみたい。」

そこで恐る恐る成り行きを見守っていた七宝が口をはさむ。
「もしや…奈落の呪いの影響ではないのか?」
誰もがはっとした。
弥勒は皆を不安がらせないように笑顔で対応した。
「祖父や父の背が縮んだなんて聞いてませんよ。」
「どこか悪いとこない?弥勒さま」
「いえ、別に。」
「楓ばあちゃんなら何か知ってるかしら?」
「楓おばばのところへ行くのか?」
「あ?この前行ったばかりだろう?」
「重病だったらどうするの!いいから戻るわよ!」
「背が縮んだところでさして害はありませんよ」
「今はなくても後々何が起こるか分からないじゃない!」
今すぐ出て行こうとするかごめを弥勒が制した。
「分かりました。しかしさほど急ぐこともありません。もう一日様子を見ましょう。」
「手遅れになるかもしれないわよ」
「朝起きたら戻ってるかもしれませんよ。こちらの主は何日でも滞在していいとおっしゃってますし。」
「そんな…」
苦笑する弥勒の表情にあどけなさが宿っているのに気づいたのはしばらく口を閉ざしている珊瑚だけだっただろう。


その晩、小さな寝息を立てるかごめと七宝の隣で珊瑚は一睡もできずにぼーっと天井を見つめていた。
ふと珊瑚の頬を柔らかな風が駆けた気がした。
障子が開いているのかと思い、珊瑚は身を起こし、風の吹いてきた方を見る。
しかし障子は隙間なくぴたりと閉ざされている。
不思議に思った珊瑚は立ち上がり、同室で眠っているかごめたちを起こさないように静かに障子をあけた。
忍び込んできた外気は心地よく驚くほど穏やかなものだった。
が、はるか遠く門へと続く石畳を移動するあの弱々しい光は―
「法師さま…?」
珊瑚が声を発したその刹那光ははじけ、現れた法師がこちらに顔を向けた。
文字通り振り返っただけで、視線は斜め下に向けられており月影で表情が見えない。
「どこ行くの?」
それは自分でも聞こえるか聞こえないかの声。
遠く離れた場所に立つ相手に聞こえる大きさではない。

「…私は足手まといになりたくない。」
小さく見える彼の姿はちらりとも揺らがない。
しかし彼の声はすぐ間近で囁かれたように鮮明に聞こえた。
「最善策を探ろうと思う。」
「…一人で?」
「勘違いするなよ、私は皆を信頼していないのではない。信じているからこそ…頼みたいことがある。」
「なに?」
「もし私の身を案じてくれるのならば、ここで私を見逃し…一刻も早く奈落を倒してほしい。」
「奈落と…風穴と関係があるの!?」
「…すまない珊瑚。必ず約束は果たす。」
「法師さま!」
ふっと閃光を放ち法師はその場から姿を消した。

「結界…」



気づけば、朝だった。
あれから自分は眠っていたのか起きていたのかひどく記憶がおぼろげである。
そもそもあれは現実だったかどうかも定かではない。
珊瑚がゆっくりと上半身を起こした拍子に一筋の涙が頬を流れて行った。
「法師さま…」
ばたばたばた
誰かが走ってくる音が聞こえる。
廊下の方に珊瑚が目を向けると、乱暴に障子が開かれた。
「弥勒がいねぇ!」
そこには珍しく本気で慌てた顔の犬夜叉が立っていた。
「…何朝からいきなり?」
騒音に目を覚ましたかごめが目をこすりながら聞く。
「だから、弥勒がいなくなったっつってんだよ!」
「ええ!?」
かごめが勢いよく立ちあがった。
「と、とりあえず、探しましょう!」

「…いないよ」
「え、何珊瑚ちゃん」
そこで珊瑚の方に顔を向けた犬夜叉がハッとする。
「お前…泣い…」
「法師さまは出て行った」
「出て行ったってどこへ?」
珊瑚はゆっくり首を振った。
「そんな…」
「あいつ…また一人で行ったのか」
しばらく沈黙があった。
そこで皆が考えていたことを口にしたのは幼い七宝だった。
「…おらたちのこと信用しとらんのじゃろうか」

「違う!」

今まで曖昧に返事をしていた珊瑚だったがそこだけははっきりと否定した。
「だが、床を取るまで一緒だった俺に、気配すら感じさせず出て行ったんだぞ?」
「法師さまは昨夜…あたしの前で結界をといて…」
珊瑚は辛そうな表情で俯いている。
「珊瑚ちゃん…」
かごめが珊瑚の肩に手を置こうしたとき、珊瑚は顔をあげて言った。
「最善策を取るって言ってたの」
「最善策…って何?」
「それは分からない。でも、私たちのこと信用してるってはっきり言ってた。私たちには一刻も早く奈落を倒してほしいって」
「やはり呪いの影響なのか!?」
「分からない。でも、それって自分では倒せないから、私たちに任せる…自分の命を預けるってことだろ。」
「命…そんなに悪い病気なのか!?」
「奈落が噛んでないにせよ、早く倒さないといつ風穴に飲み込まれるか分からねぇからな。」
「それにね、信用してるってことは多分、私たちが予想できる場所にいるんじゃないかと思うの。」
そこでかごめは以前のことを思い出しハッとした。
「夢心和尚の寺…」
「うん。法師さまはそこへ行ったんだと思う。」
「でも…どうして一人で?和尚さまの所なら私たちが一緒だって…」
「そうじゃ!一緒の方がいいに決まっとる!」
「時間が…ないんだと思う」

「…お前何か弥勒の病に心当たりあんのか」
珊瑚はゆっくりと首を振った。
「これは私の推測なんだけど。」
「何?」
「法師さまは縮んでるんじゃなくて…若返っている気がするの。」
「は?」
かごめと七宝が同時に声を上げた。
「どういうことじゃ?」
「確信はないんだけど。法師さま、いつもより顔や声が幼かった気がする。」
「そう…」
不謹慎だと思いつつもかごめはある種感動を覚えた。
珊瑚は仲間の誰一人気付かなかった法師の些細な変化を敏感に感じ取っていたのだ。
(珊瑚ちゃん、弥勒さまのことよく見ているわ…)
「たぶん…一日で一つくらい若返っているように見えた」
「一日一歳ずつ…」
かごめは指を折って今の年齢を計算しようとする…も元々の法師の年齢が分からない。
「じゃあ、今弥勒は何歳なんだ?」
かごめの疑問は犬夜叉に先に問われた。
「違和感があった日から数えると十五くらいだと思う。」

「のう、どんどん若返って行って赤ん坊に戻ったらそのあとはどうなるんじゃ?」
「え…」
「どっかに帰るんじゃねぇのか」
「は…?」
「母親の腹ん中に入る前にいた場所に帰るんだろ?」
(…まぁ戦国時代だし子供のルーツなんて分かんないわよね…)
しかし、かごめが今まで保健やら理科やらで習ってきた、本当の赤ちゃんのでき方について思いを巡らせると、一抹の不安にさいなまれる。
(赤ちゃんの前は胎児…?その前は…受精卵?その前は…)

「消えちゃうかも…」

犬夜叉と七宝がえっという顔でかごめを見る。
しかし珊瑚はいたって冷静に答えた。
「うん…だから法師さまが消えてしまう前に奈落を倒さないと…」
そう言う珊瑚の表情は苦い。

―犬夜叉たちが奈落を追いはじめてからもう何月も経つ。 弥勒の祖父から考えると五十年は経っているのである。
奈落はいつか必ず倒す。
しかしそれをたった十五日で倒すなんて無謀な話だ。
口にはしないが誰もがそう考えているのは明白だった―

(珊瑚ちゃん…諦めているの?)
「やはりおらたちも弥勒についていた方がいいのではないか?」
七宝は、そのような短期間で奈落を倒すのは無理だから、他に手を探そうと言いたいのだろう。
あるいは、万が一に備えてそばにいてやりたいと思っているのかもしれない。
しかし珊瑚はゆっくりと首を振った。
「法師さまの体のことは、法師さまと…夢心和尚さまが一番良く知っているはず。私たちは私たちにできることをしよう?」
「奈落を倒しに…?」
かごめは不安そうな顔を珊瑚に向ける。
「うん…あと、楓さまのところにいくとか…情報収集とか。」
「おう!時間がねぇ、とっとと行こうぜ!」
皆の表情が少しだけ和らいだ。
それなら、奈落を倒すよりもいくらか希望が見出せる。

「とりあえず…十日。十日したら夢心さまのお寺に行ってもいい?」
仲間のみんなが静かに頷いた。



(後篇)



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