雨降って地固まる (前篇)

ざぁ…ざぁ…

バケツをひっくり返したような雨が、昨夜から降り続いている。
この豪雨の中、出ていった二人が帰ってこない。
かごめが酷く心配げにもう何度目かになるため息をついた。


「!あいつらの匂いだ!」
「犬夜叉、急いで!」
「分かってらぁ!」
小雨になり、帰ってこない弥勒と珊瑚を心配した犬夜叉たちは二人を探しに行くことにした。
ようやく、犬夜叉が二人の匂いを嗅ぎつけ、急いでその場に向かう。
「いたぞ!犬夜叉、あそこじゃ!」
七宝の叫び声にさらにスピードを速め降り立つと、雨でぬかるんだ地面に弥勒が転がっていた。
「珊瑚ちゃん!」
珊瑚がその弥勒の下敷きになっていることに気付いたかごめは慌てて助け出そうとする。
しかし、触れた弥勒の体の熱さにハッとした。
相当雨に降られ酷い熱を出しているようだった。
かごめと交代した犬夜叉が、性急に、だが弥勒の体に障らないように慎重に珊瑚を救いだす。
珊瑚も、泥だらけで意識は失っていたが弥勒ほど傷は負っていないし熱も高くないようだった。

「獲物はこいつのようだな…」
近くの泥に半分身を沈めていた雲母も救いだし、犬夜叉がぼそりと言った。
その言葉に犬夜叉の向こう側を覗きこんだかごめは思わず息をのんだ。
「とかげ…?」
泥にまぎれて気付かなかったが相当巨大な爬虫類の姿をした妖怪が(たお)れていた。
「苦戦したみたいだな」
「早く看病しなきゃ!」
かごめが犬夜叉の衣を引き、促した。


「ん…いた…」
目を覚ました途端、ぐるぐると回りだした視界に耐えられず、珊瑚は再びぎゅっと目を瞑った。
深呼吸をし、気持ちが落ち着いてくると、頭もすっきりしてきた。
そして、気を失う前の記憶が蘇る。
「…法師さま!」
はっと目を開き、体を起こす。
小さな傷がちくちくと痛むが、行動をとるのに支障はない。
「法師さま…」
果たして弥勒は自分のすぐ隣で眠っていた。
額には濡れた手ぬぐいをのせ、相当苦しそうな表情をしている。
珊瑚も表情を歪め、そっとその頬に手を伸ばした時、明るい声が耳に届いた。
「珊瑚!目が覚めたのじゃな!」
「七宝、雲母…」
ちょうど水を汲みに出ていた七宝と雲母が珊瑚たちの休む山小屋に戻ってきたところだった。
「大丈夫か?どこか痛むところはないか?」
「みぃ〜」
小さな妖怪たちが心配げに娘の顔を下から覗き込む。
「ありがとう、あたしは何ともないよ。雲母も無事だったんだね…法師様は?」
大丈夫なの?
「呼吸は安定しとるが、一向に熱が下がらんのじゃ」
どうしたものか…と唸る子ぎつねに、珊瑚ははっとなった。
「法師様が倒れてからどれだけ経つ?」
「おらたちが二人を見つけたのが昨日の今くらいの刻じゃ。しかし二人が出て行ったのは昼過ぎだったじゃろう?いつから倒れておったのかは正確には分からん」
「か、かごめちゃんたちは?どこ行ったの?」
「かごめの国の薬を飲ませてもまったく効かんから、楓おばばのところに何か良い薬はないか聞きに行ったぞ。」
「それじゃダメだ…ったた」
「まだ動いてはいかん!」
今にも飛び出していかんとする娘を慌てて子ぎつねが諌めた。
「どうしたんじゃ?おらが犬夜叉を呼んでこようか?まだ遠くへは行っていないはずじゃ」
「法師様は、野守虫の毒を吸ったんだ…!」
「ノモリムシ…?」
「井守や家守のもっと厄介なやつだ。あいつらの毒は普通の解毒薬じゃ消せない…猛毒なんだ。」
悔しげに呟く珊瑚の顔を七宝が心配げに覗く。一呼吸おいて珊瑚が続けた。
「…でも自分でその毒に冒されないように、野守虫の胃液だけが唯一毒消しになるんだ…死んで一日や二日なら、まだその胃液も使えるはずだ。」
「あいわかった!犬夜叉たちにそのことを伝えてくる!」
「あ、待って七宝。」
珊瑚は辺りきょろきょろと見回して自らが身に着けていた戦闘着を見つけるとにじり寄り肩当から貝殻を取り出した。中身は今は空だ。
「これは内側にある妖怪の鱗を貼ってある。だからどんな毒にも酸にも溶かされない。これに入れるといいよ。持って帰ってきてくれたら私が薬に調合する」
そう言って七宝に貝殻を持たせた。
「頼んだよ」
「任せておけ!」
不安げな珊瑚に七宝は自信たっぷりの笑顔で答えた。
その笑顔に珊瑚が表情を緩めると、七宝は雲母を伴い元気いっぱい駆けて行った。
珊瑚は小さな妖怪たちが消えて行った方向をいつまでもいつまでも見つめていた。
外はまだ雨が降り続いている。


「なかなか止みませんねぇ」
急に降られ、たまたまそばにあった村に立ち寄ったのはその二日前だった。
その村で一晩を明かしたが、その翌日も勢いそのまま降雨は続いていた。
「つまらなそうな口ぶりだね…どうせ、女の子口説けないからだろーけど。」
小窓から外を眺めていた弥勒の後ろで、武具の手入れをしながら珊瑚が嫌味を言う。
「何を苛ついているのです。」
よっこいしょと言いながら弥勒は珊瑚の隣に腰かけた。
じとっと珊瑚が弥勒を横目でにらんだ。
「まぁまぁ珊瑚ちゃん落ち着いてよ。珊瑚ちゃんまでいらいらしちゃったら…ねぇ」
「そうですよ。お前まで…ねぇ」
二人して目を向けた先にそっと珊瑚も目を向ける。
「何だよ!」
そこでは犬夜叉がくるくると犬のように回ったり飛んだり跳ねたりしていた。
「…そうだね」
珊瑚が小さく呟くと先ほどの弥勒と同じように外に目をやった。
「でもさ、妖怪を退治するって言っちゃった以上いつまでもこうしてるわけにはいかないと思うんだ。」
「そうよね。それを条件に一晩泊めてもらったわけだし。」
「しかし、この雨ではどうも気がそれますなあ。」
「そうじゃ。この雨の中わざわざ行くまでもなかろう。村人だって事情を汲んでもう一晩くらい延泊させてくれるじゃろう。」
一宿一飯の礼に、妖怪退治を請け負っているのだが、どうやら早く仕事をした方がいいと焦っている者と雨を理由に後回しにしても構わないと思っている者で微妙に意見が食い違っているようだ。
「だーっ!雨なんぞ関係ねー!なんなら俺一人で行ってくるが?」
「しかしお前のその様子じゃ何の匂いもしておらんのだろう」
苛立ちを発散させるべく勢いよく立ち上がった犬夜叉だったが、法師に痛いところを指摘され、うっと詰まる。
「私にも何の妖気も邪気も感じられない。それほど弱いのか、村人の勘違いなのか。何にせよ、雨が収まるまでは動けないのでもう少し留まりたいと村長殿に告げねばなりません。」
「村長さんのところへ行くの?だったらあたしも。」
徐に立ち会がった弥勒に続き珊瑚も立ち上がった。
「行ってまいります。かごめ様、犬夜叉が苛立ちのあまり小屋など壊さぬよう見張っておいてくださいね。」
涼やかに告げた法師と珊瑚は笠をかぶり、犬夜叉が吠えている小屋を後にした。


村長の家にたどり着くと、ちょうど使いの者が出立するところだった。
「これは、旅の法師様!ちょうど呼びに参ろうとしていたところです。」
弥勒と珊瑚はぱちくりと目を見合わせた。
「何か御用でしたか?」
「いえ、その昨日お話しした妖怪退治をお願いしに。」
「我々もちょうどそのことでお話をしに来たんですよ。この天気ですし、雨が落ち着くまで仕事を延期してもよいでしょうか?」
「天気が原因というのなら法師さま。実は昨日言いそびれておりましたが、其の妖怪、こんなどんよりした雨の日のほうがよく出るのです。」
「何と」
再び二人は目を合わせ、今度は珊瑚が言葉を引き取った。
「どんな妖怪なんだい?」

使いの者の話によると妖怪は巨大な蛇のようななりをしていて、手足が生えている。
裏手の山で目撃され、死人が出ているわけではないのだが、遭遇したものは必ず怪我を負い、しかも近頃その怪我がだんだん酷くなっているというのだ。
法師たちが通りがかったのは、今に死人が出るのではないかと人々が不安に苛まれ始めたころだっというわけだ。
「恐らく野守虫だよ。」
「ノモリムシ…ですか?」
現場である裏山へ向かう道中で、珊瑚は弥勒に当たりをつけた妖怪について説明する。
こんな雨の中、全員で出向くこともないだろうと二人で退治を行うことにしたのだった。
一応仲間たちに声をかけに行くと、暴れ疲れた犬夜叉がふて寝をしていたのは余談である。
「イモリとかヤモリの類だ。野を守る、ノモリ。」
「して、どんなやつなんだ?」
「うん。普段は姿が見えないんだけど水に当たると可視化するんだ。雨の日に被害が多いのも納得できる。驚いた人間が抵抗してそれから身を守るために暴れたんじゃないかな。妖気が薄いやつらだから犬夜叉も法師様も何も感じなかったんだね」
「そうか。ではそんなに妖力も強くないのだな?」
「雑魚だよ。雨だけど心配はいらない。…あそこだ!」
目撃情報が多発している場所が眼下に現れた。
「だが、油断禁物という言葉がある。決して気は抜くな!」
「言われなくても分かってるよ!」
その言葉を合図に雲母が高度を下げる。
裏山に下り立つと雨脚が一層酷くなった。
空中での移動の際は空気抵抗を受けて危険というわけで傘を置いてきていたため、二人ともすでにびしょ濡れであった。
とっとと依頼を済ませるべく妖怪が現れそうな場所をくまなく探す。
しかし、さらに強まった雨脚に二人は焦燥感を募らせるのであった。


(後篇)



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