(後篇)


「さんごぉ〜」
男はまさに猫なで声で珊瑚にすり寄っている。
普段なら可愛いのだろうが、そんな低い声で甘えないでほしい。
人間離れした髪色をしていたり尻尾が生えているとはいえ、普段半妖と旅を共にしている一行からすれば、それはどう見てもただの青年である。
そんな男にべたべたと付きまとわれる珊瑚を見て、平然としていられない法師が一人いてもおかしくはないのである。
「どうしてこんなことになったのかしらね〜」
溜息をつくかごめだが、どう見ても顔はにやけている。
自分がいらいらしていたことも忘れ、この面白い展開に目を輝かせるのだった。
なんとか危機を逃れた犬夜叉も隣で首をかしげている。
「とりあえず、何があったか話せ」
こういった場合まず冷静に対処しようとする人物が、むすっとして口を閉ざしてしまったものだから、珍しく犬夜叉が場を仕切る羽目となる。
「わ、分からないよ。なんせいきなりこの格好で現れて、あとはされるままだったし…」
男の仕草や雰囲気にはなじみがあり、犬夜叉も言うのだからこの男は雲母で間違いのないだろう。
とりあえず、甘えて来るままに頭をなでてやる。
ぴきっと苛立ちの炎が背後で燃え上がっていることに、流石の珊瑚も気づいてはいるのだが。

「あたしたちは、玉を追いかけて出て行っちゃった雲母を探してて、見つけたらもうその姿だったのよ」
「玉?」
「そうじゃ!弥勒に買ってもらった綺麗な玉じゃ!」
「すごい執念で追いかけてたわね、雲母」
「そういえば、あの玉はどこに行ったんじゃ?」
かごめと七宝が同時に雲母を見た。
しかし、当の雲母は珊瑚の膝で丸くなり眠ってしまっていた。
しかも、いつもの癖なのだろうが、頭だけではなくて全身で膝に乗っている。
何度も言うが、普段ならとても微笑ましい光景である。
「重い…」
元は獣であり見た目ほどの重みはないにせよ、それでも普段の子猫姿よりは格段に重い。
「重いなら落としてしまえばいい…」
低い呟きにぎょっとした珊瑚は思わず雲母を抱きかかえるようにする。
弥勒の眼光がさらに鋭くなる。
「ちょっと、弥勒さま落ち着いてよ。見た目はどう見てもイケメンの男の子だけど、中身は雲母なんだから。」
イケメンがどういう面なのかは分からないが、かごめの言葉は至極正しく、しぶしぶ引き下がる。

「ねぇ、雲母が追っかけてたあの玉、何でも願いが叶う玉だって言ってなかった?」
かごめは弥勒を見据えたまま尋ねる。
「ええ。しかしあれは単なる売り文句でしょう。」
「なんだそりゃ。四魂の玉じゃあるまいし」
「うわーん雲母がおらの宝物つかってしもうた〜」
「いや、それはだからたまたま…」
「今の、シャレか?」
「黙りなさい」
「でも現に、雲母は玉を追っていた後こうなって、その玉はなくなっちゃったんだし」
「しかし…」
「だーうるさい!本人に聞きゃあいい話だろうが!珊瑚そいつを起こせ!」
「え、でも…」
「そうです、珊瑚。中身は雲母かもしれんがどうみてもいい年の男だ、構うことはない」
とっととそいつを抱く手を離せ!という本音も丸聞こえである。
するとその喧騒に雲母が目を覚ました。
「ん、ん…」
「雲母、起きたの?」
珊瑚がふっと腕を緩めると雲母は眠そうに眼をこすり身を起こし伸びをした。

ちゅっ

「え…」
珊瑚は一瞬何が起こったか分からなかった。
が、状況を把握すると、流石の珊瑚も膝の上の雲母を跳ね飛ばし勢いよく立ち上がった。
目の前の男が愛猫であることを頭では分かっていても、その唇から伝わってくる感触が分からせてくれるのはやはりそれが人間の男のものであるということのみである。
「おいてめぇ!」
いくら修行を積んでいようが、愛しい娘に手を出そうとする男を、愛らしい猫だと思いこむことは不可能であったようだ。
飛んできた雲母に殴りかかろうとする弥勒を何とか犬夜叉が押さえている。
「落ち着け弥勒!」
「これが落ち着いてられるかあっ!」
そう叫ぶ弥勒の足元に雲母はにこっと笑いすり寄ってきた。
「!?」
「弥勒ぅ、そう怒るなよお」
「だ、誰のせいで…」
そこで視線を感じ顔を上げると珊瑚とかごめが複雑そうな表情で此方を見ていた。
改めて自分の状況を確認してみると後ろから犬夜叉に羽交い絞めされ、足元には雲母が絡みついている。
男二人に前後から密着されている状態にようやく気付き、弥勒はこほんと咳払いをして二人から逃れた。
そして雲母の前に腰を下ろした。

「雲母」
「おう」
「お前、どうやって人間になった?」
ようやっとまともに話が出来る状態になり、他の面々も腰をおろして話を聞き始めた。
「どうやってって…さぁな、玉追いかけまわしてて、急にぴかーってひかって、そんで気づいたらこうなってた」
「やっぱりあの玉が原因なのかしら?」
「…で、その(ぎょく)をどうした?」
「ひかりと同時に消えたぜ?」
「消えた〜?」
弥勒はそっと眉をひそめる。
黙ってしまった弥勒に代わり七宝が質問をする。
「雲母は人間になりたかったのか?」
「あ?」
「雲母がそう願ったから、玉は願いを叶えて消えてしもうたのではないのか?」
「そうなのか?」
珊瑚も興味深そうに聞く。
「さぁ?そんな願掛けした覚えはねぇがな。」
「そういえばさ!」
かごめが思い出したように声を上げる。
「さっき、弥勒さまから珊瑚ちゃんを奪う、って言ってたわよね?」
「ああ。」
「それを果たそうと思って人間になったんじゃないの?」
「ん〜どうだかな〜」
なんだか埒があかない。
不毛な会話に各々がため息をついた。

そんな空気を気にも留めず雲母が声を上げた。
「まぁしかしあれだな。普段と同じことをしても珊瑚の反応がいちいち可愛くて楽しいな。」
「なっ」
治まりかけていた弥勒の苛立ちがふつふつと湧き始めた。
「まぁた余計なことを…」
最初こそ楽しんでいたかごめも想像以上の弥勒の嫉妬深さに疲れ始めていた。
しかし、
「弥勒は、いっつもこれを見てるってわけか」
という言葉にふっと弥勒の怒気が緩んだ。
些細な変化だがいわゆるどや顔に見えなくもない。
(弥勒さまってこんな単純な性格してたかなー?)
かごめは頭を抱えたくなったが、殺気を振りまかれるよりはましだろうと思い直すことにした。
「…それはとにかくです。このままと言う訳には行きません」
「そうかぁ?」
「てめぇ元に戻る気ねぇのか!?」
犬夜叉が驚愕の声を上げる。
弥勒も軽く目を開き、珊瑚を見た。
「珊瑚、お前からも言ってやりなさい。このままでは困るでしょう?」
「え、困る…けど…」
「けど?」
「確かに移動や戦闘のことを考えると元の雲母の方がありがたい。でも、雲母はあたしの僕である前に大事な家族だ。雲母の意思を尊重したい。…雲母が戻りたくないならそのままでいい」
「さ、珊瑚…」
弥勒はぴきぴきと眉をひきつらせている。
珊瑚はそんな弥勒に申し訳なさそうな顔を向けると、仲間達を見回した。
「悪いけど、雲母と二人きりで話がしたいんだ。ちょっと出て来る。」
そう言って立ち上がると雲母の腕をつかんだ。
雲母は嬉しそうに喉を鳴らした。



珊瑚と雲母は肩を並べて散歩をしている。
珊瑚は隣の男をそっと窺い見る。
顔こそあどけなさが残る少年のようだが、その体躯は立派な大人の男性のものだ。
というより、背恰好はまさに彼の法師そっくりでゆらゆら揺れる尻尾を取り除き法衣を着せたら、さぞかし似ているのではないだろうか…。
「ねぇ、雲母」
「何だ?」
雲母は常ににこにこしている。
猫又のときは分からないだけで、普段からもこうやって己のそばを笑顔でついてくれているのだろうか。
「人間になりたいの?それとも、元に戻りたい?」
「どっちでもいい」
「どっちでもって…」
「珊瑚を守れる方ならどっちでもいい」
「え…?」
驚き立ち止まった珊瑚に合わせて雲母も立ち止まり、優しく珊瑚を抱き寄せた。
珊瑚は困惑の表情を浮かべた。
今まで散々猫らしい過剰なスキンシップをしていたのに、急に人間のような仕草をされて否が応でも珊瑚の鼓動は上がっていく。
「あ、の…」
「俺は珊瑚を守りたい…それだけだ」
「…」
ぎゅっと力のこもったその腕に珊瑚はどうすることも出来ずにただ俯いた。
「珊瑚…俺のこと好きか?」
「当たり前じゃないか。」
「弥勒よりも好きか…?」
なんだか切なげに響いたその声音にそっと珊瑚は顔を上げる。
真剣な表情で見つめて来る雲母に再び心音が大きくなってきた。
(あぁ…やっぱり…)
珊瑚の頬が赤く熟れていく様を見ながら雲母はふっと笑った。
「今、考えてること当ててやろうか?」
「ん?」
「似てるって…思ったんだろ?」
「え…」
「俺のこと、弥勒に似てるって」
大きく瞳を見開くその顔には何で分かったの!とはっきり書いてある。
「俺、常々思ってるからな。俺が弥勒だったらって」
弥勒になる自分を想像しすぎて、いざ人間になった今どこか雰囲気が弥勒に似たのだろう、と。
「俺が人間になれば、珊瑚に哀しい思いなんてさせねぇ。その身も心も守ってやれるのにってずっと思ってた。」
珊瑚は雲母が常に己のことをそうやって見ていてくれたことに驚きを隠せない。
「でも、違った。なんとなくわかった」
「違った…?」
「俺が守ってやれるのはその身だけだ。だから、俺は猫又に戻る。人間の姿より強いからな」
「そんなことない!雲母は家族だ!その存在があたしをどれだけ癒してくれているか…」
ありがとう、と雲母は笑った。
「だが、癒すってのと、守るってことは違うんじゃねぇかな」
医者は傷を癒せるが、傷つかないように守ることはできないのと同じで。
「お前の心を守れるのは弥勒だけだ。」
「え…?」
「だって珊瑚は…弥勒のことが一番好きだからな。」
「珊瑚!」
そこで耐えきれずにやってきてしまった法師の声が耳に届いた。
珊瑚は一瞬そちらを見やったが、すぐに再び雲母に目線を戻す。
「あたし、雲母のこと大好き。でも、ごめんね。やっぱりずっとずっと一緒にいた猫又姿の方が落ち着く。」
「俺も、そっちのが落ち着く」
浮かべる笑顔がまぶしい。
「でもね、人間の雲母は…」
ううん、と首を振ってそっとその首に腕をまわした。
「男としても…好き、かも。」
「え…」
「二番目にね」
そう言って目を閉じると、そっとつま先立ちになり雲母の唇に己のものを重ねた。
ふっと雲母が笑う気配がしてその体が光に包まれた。
錫杖の金属音がやけに大きく聞こえた―


「やはり、どう考えてもあれは浮気だろう」
「だから何べんもごめんって言ってるだろ。ねぇ雲母」
「みぃ〜」
珊瑚は雲母を顔の高さまで抱きあげると、ちゅっと口づける。
「あー!またそんなこと!」
「法師さま、こんな小さな猫に妬いてんの?」
「妬いてません!それに雲母の本性を知ってしまったんです。油断ならん」
「本性って…」
珊瑚は、雲母を膝に乗せながら苦笑している。
「あのねぇ、お前本当に分かっているんですか?雲母は雄でお前に好意を抱いているんですよ?」
「好意ったって、家族みたいなもんなんだからいいだろ」
「だから珊瑚…」
まったく聞く耳を持たない珊瑚の様子にいちいち反論するのもいい加減大人げないと気付いて弥勒は口をつぐんだ。
珊瑚の膝で気持ちよさそうに眠る雲母はどうみても可愛らしい猫だ。
しかし、もしや珊瑚の柔らかい膝を堪能しているのかもしれぬ、などと思い始めるとどうも落ち着かないのであった。
最大のライバルは数多の男たちでも、琥珀でもなく、この猫又なのではなかろうか。
もしまた、人間の姿で現れたら今度こそ珊瑚を攫われそうな気がして怖い。
珊瑚に言い寄る男は今までいないでもなかったが、珊瑚の方が心を傾けた男はこれが初めてで、弥勒は今までにない危機感を味わった。
「はぁ〜」
弥勒は盛大にため息をつく。
「ふふっ」
だと言うのに隣からは楽しそうな笑い声。
「何がおかしい?」
珊瑚は上目遣いに弥勒を見上げると恥ずかしげに、だが嬉しそうに呟く。
「今回は随分と妬いてくれるんだね」
普段弥勒の浮気にやきもちを妬いてばかりの珊瑚からすれば、こうも露わに弥勒が嫉妬していることが嬉しくて仕方がない。
弥勒は決まり悪げに珊瑚から目を逸らした。
「妬いてません。…心配してるんです」
「うん、そう言うことにしといてあげる」
こういう上からな発言も、言われることはあっても言えることはほとんどない。
幸せに胸がいっぱいになる。

雲母は雲母。心癒される、大切な存在。
法師さまは法師さま。大好きな、男の、人。

「…やっぱり一番好きな人と結ばれるのが幸せだと思うな…」
己の膝で丸まる雲母の背をなでながら珊瑚は小さく呟いた。
え?と珊瑚を振り向いた弥勒に、雲母が自慢げに笑いかけたように見えた。
それが何だか悔しくて、雲母の目をふさぐと驚いて顔を上げた珊瑚の唇に深く深く口づけた。






(前篇)


あとがき
ついにやってしまいました/(^O^)\
雲母擬人化/(^O^)\
雲母はメス派が多いのかなーと思うのですが、私のイメージはこんな感じです←
CV中村悠一あたりでお願いします。
玉の謎は闇に葬りました←


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