*法師の出生、過去、家族構成ねつ造してます。
*苦手な方は回れ右をお願いします。


























こつこつ

木戸を叩く音に留守を預かる妻が反応した。
「はーい、どちらさまだい?」
そう、軽やかな掛け声とともに件の木戸を開くと、そこには珊瑚と同じくらいの年齢、背格好のおなごが立っていた。
「…」
珊瑚はかっと目を見開いたまま固まってしまった。
別に、刃物を突き付けられたとか、恐怖故ではない。
おなごは白い頭巾をかぶり、墨染に袈裟をまとっている―つまるところ、尼である。
とかく、尊敬はせども、畏怖する対象ではないのだ。
「…ご機嫌麗しゅう」
口を開いた尼はにっこりと微笑み、その清廉さはさながら天女のようである。
珊瑚はさっと頬を染めた。
そう、その尼のあまりの優美さと温かさに、不覚にもときめいてしまったのである。
「ただいま、戻りまし…た…?」
それは、その尼が完璧に美しかったからではない。
「…兄上!」
―たった今帰宅した彼女の夫にあまりにも似ていたからである。




仄白い面影 (前篇)




「…え?!あ…あに…?」
帰宅してきた夫に向かって客人が発した言葉に、呆然としていた珊瑚の意識が戻ってきた。
「…どなたですか?」
夫の方も自分と同じく、いや、見た目ではわからないがそれ以上に混乱しているらしく、目がぎょろぎょろと泳いでいる。
―さすがに慌てすぎじゃない?
本当に心当たりがないのか。
心当たりがあるが、あえて隠しているのか。
よもや、妹を装った愛人…?
その可能性にたどり着いた珊瑚の目は一気に座った。
「立ち話もなんだし…中へ入ってもらったら?あ・な・た??」
お久しぶりでございます!あぁ、変わられていなくてほんとよかった!などと再会の感動を嬉々として語っていた女性と
あ〜とかう〜とか唸り対応している法師との会話を、恐ろしいほどの低い声が中断させた。
「ありがとうございます。」
と丁寧にお辞儀をして珊瑚の後をついていくおなごのさらに後ろで法師は妻の機嫌に心底震えていた。

囲炉裏を囲んで三人の男女が座る。
一人は人数分の白湯を用意し、己の分を悠然とすすっている。
一人は嬉しそうに、感慨深げにまだ建てられて間もない家屋を眺めている。
一人はそんな二人の様子を少々怯えながら観察している。
最初に口を開いたのは白湯の入った湯呑を置いた珊瑚であった。
「…妹さんのお名前は?法師様」
「やはり、私に妹などは…」
「美鈴と申します。」
にっこりと笑い、美鈴と名乗った尼は本当に美しい。
そしてやはりどこか夫たる法師に似ている。
「貴女のお名前は?兄上の奥様でいらっしゃるのでしょう?」
「…珊瑚です。」
「珊瑚さん!素敵なお名前ね。」
「…法師様に兄弟がいたなんでぜんぜん知らなかったよ」
「…私も初耳です。」
「ふ〜ん?」
明らかに疑惑の視線を向けてくる妻に弥勒はうっと詰まる。
兄弟がいたなんて話は聞いたことないし、過去何らかの関わりがある娘だったとしても
それこそ数多のおなごと関わってきたため、正直、記憶にない。
記憶にないため下手なことが言えぬ。
もしかしたら妻には知られてはならない過去を握ったおなごかも知れないのだ。
弥勒は必死に頭を働かせ、娘の正体を解き明かそうとする。
「えーと…そうだ!どのように私の居所をつかんだのですか?」
「それはもちろん…かの仇敵、奈落滅亡に携わった法師がいるとの噂を聞きつけて参った次第でございます。」
「ということは、あんたにも風穴が開いてたの…?」
はっとした二人が同時に美鈴の右手に視線をやった。
当然そこには白くほっそりとした腕があるだけだった。
職業柄、数珠は巻かれいていたが。
「ええ。一族末代まで…そういう呪いでございましたから。」
そういった美鈴は悲しげに自分の右手を見つめた。
「ある日突然右手の風穴が閉じた時は本当に驚きました。…ああやっと風に怯える日々から解放されたのだと。」
同じく風に怯えていた二人はそっと目を伏せた。
「そして、奈落の最期を知っておきたく、身を寄せていた寺を出ました。奈落は寿命をまっとうしたのか誰かが倒したのか、はたまた改心したのか…そうして噂を集め、すぐにこの村へたどり着くことができました。」
こと、と小さな音を立てて湯呑茶碗が床に置かれた。
「この村で、奈落は消滅したと聞き及びました。そして、そこに居を構えている…奈落の最期をご存じなのでしょう?どうかわたくしに顛末をお聞かせ願えないでしょか?」
ちらり、と弥勒と珊瑚は視線を交わした。
事情に詳しすぎる…所詮戯れだけのおなごにここまで自分の素性を語るような性分ではない。
やはり何らかの関係者だろう。では、本当に…?などと考える弥勒を見つめる珊瑚の顔は依然厳しい。
(こんなに詳細を話してやったってわけ?どれだけこの女と親しかったのさっ)
もしかして―将来を誓い合ったりしたのだろうか?なのに、自分と結婚ししてしまったから、こうして妹を装って会いに来た、とか?
珊瑚の表情はどんどんと暗くなる。

珊瑚がここまでマイナス思考になるのにはわけがある。
あまりに二人がお似合いなのだ。同じ僧職ということもあるが、それだけではない。
魂が共鳴しているというか、同じ空気が漂っており、とても自分には入り込めないような、そんな雰囲気である。
珊瑚の気持ちが沈んでいる間、弥勒が簡単に奈落との戦いを語りだした。
美鈴は静かにその話を聞いている。
最後まで聞いた美鈴は静かにため息をついた。
「そうだったのですね…」
その目尻には少量の水滴が浮かんでいる。
そっとその涙を袖口で拭ったかと思うとやや表情を和らげ頬を染めた。
「それで…お二人のなれ初めは?」
「…は?」
「だって、奈落という凶悪な敵を倒す旅をしながら、どのように愛を育んでいったか気になるではないですか!」
「あ、あ、あ、あ、あい?!」
珊瑚が先ほどとは一変、顔を真っ赤にして目を見開いている。
一方弥勒はそんな二人の様子に、苦笑している。
「お話しくださいまし。どちらが先に見初められらたのですか?こんなお美しい奥様ですもの。やはり兄上が?あ、でも兄上は法師ですものね…」
「…あんたの兄上はとんでもない助平法師なんだよ」
素敵な恋物語を思い浮かべている美鈴に水を差すように珊瑚が低い声で呟いた。
「まぁ!」
案の定美鈴は驚きの声をあげたが、さして傷ついた風でもない。むしろ興味がわいたらしい。
「す、すけべえというのは例えばどのような…?」
再会したばかりの兄のことは目もくれず、興味深げに珊瑚に質問をなげかける。
「こらお前たち…」
妙なところで意気投合した娘たちにがっくりと肩を落とした弥勒は、おなご同士で盛り上がらせておこう、とそっと席を立ち、すっかり遅れてしまっている夕餉の支度にとりかかるのであった。

そんな法師の様子には全く気付かず、娘二人の話は盛り上がっていた。
「法師様ってばところかまわず、お尻を撫でてくるんだよ…」
「そ、それはなんと…珊瑚さんはおいやではなかったのですか?」
「も、もちろんいやに決まっているだろ!人目をはばからず恥ずかしいったらありゃしない」
「止めてほしいとは申されなかったの?」
「…言うには言ってたんだけど。言っても聞かないし。あたしも言葉にするよりも暴力に訴え…」
「…暴力?」
「ぼ、暴力って言っても軽く頬をはたくくらいだよ!」
必死に言い訳する珊瑚が可愛くて思わず微笑んでしまう。
「それでもやめない兄上は、相当珊瑚さんのことがお好きだったのね。」
「そうじゃないだろ。あれが習慣になっているんだよ」
「それで?どちらから思いを告げたんですか?」
キラキラっと話題を戻した美鈴に、今はいない親友のことを思い出した。
(かごめちゃんがいたら、きっとこんな風にいろいろ聞いてくるんだろうな…)
そんなことを考えていると、思わず、その状況を語ってしまった。
「先に言葉にしてくれたのは法師様。でもきっとあたしの方が法師様を好きになったのは先だったと思うよ。」
「何故そう思われるのです?」
「え、いや何となくだけど…私は気づいたら、法師様のことが好きで。でも、法師様はぜんぜんそんな素振りなかったし。女好きだし、誰も本当に好きにならない感じがしていたしね。」
「素敵…」
「ど、どこが!」
うっとりと呟かれ、自分がかなり恥ずかしい話をしていることに気付いた。
「ぜんぜん素敵なんかじゃないよ!法師様は助平だし、うそつきだし、詐欺師だし…」
照れ隠しから妹に向かって兄の悪口を並べ立てる。
そんな珊瑚の言葉を微笑ましげに聞く様はやはり、かの法師を彷彿させるのである。
「ふふ。それでも兄上を選んでくださったんですもの。通じ合う何かがあったんでしょう?やっぱり素敵。」
そういって珊瑚の手にそっと掌を重ねる。
とたんドキンと、また顔を赤くした珊瑚は固まってしまった。

夕餉が出来上がったようだ。
「はいはい。おなご同士盛り上がっているところすみませんが、そろそろ夕餉にしますよ。美鈴殿も召し上がって行かれるでしょう?」
「ありがとうございます。…兄妹なのですから、呼び捨てで構いませんよ。」
そんな美鈴の言い様に弥勒は曖昧にほほ笑んだだけだった。
再び美鈴は珊瑚の方へ顔を向け、先ほどの話の続きをしようかという雰囲気を出したが、弥勒の前でとても話すのは耐えられないと珊瑚は無理やり話題を変えた。
「と、ところで、二人はどうして兄妹なのに別々に暮らしていたんだい?」
「あ…ああ、そうですよね。私ばかり質問してしまって。私の方のこともお話ししないといけませんね。」
気安い雰囲気にすっかり警戒心を解いていた珊瑚は、美鈴の過去を回想する穏やかな物言いと表情に、本当に妹なのだと確信に近いものを感じていた。
一方、つと顔を上げた弥勒も表情を改めた。
「別々に暮らしていたのは、私が生まれるよりも前に、父上が兄上を連れて旅に出られたからです。」
「その…あんたの母親は…?」
「はい…私を生んですぐ、亡くなりました。お産で体を悪くしたと聞いています…」
「そう…だったんだ…」
とても痛ましげな表情を浮かべ、珊瑚は弥勒の方をチラリと見やる。
弥勒も物思わしげな表情をしていた。
「…私と美鈴殿は、母親も同じなのですね」
「はい」
そうですか…と小さくつぶやいて、弥勒は食事を再開した。
つられて、珊瑚も箸を動かす。
どんなお母上だったのか、どうしてお父上は娘の誕生を待たずして旅だったのか、珊瑚はいろいろ聞きたいと思ったが、当人である夫がそれを聞くのを拒絶しているように思われたので、なんとなく口をつぐんだ。
「…母上は、最期まで旅立った父上と兄上のことを心配し、宿敵奈落を倒すことを祈り続けたそうです。そして私をとある尼寺に託して逝かれました。」
「美鈴さん…」
懐かしそうに語る美鈴を思わず珊瑚が呼ぶも、にこりと夫に似た笑顔で微笑まれると何も言えなくなる。
「…せっかく兄上が作ってくださった食事が冷めてしまいますわね。普段から兄上が料理なさるの?」
「あ、いや…」
「いえ、普段は珊瑚が丹精こめて作ってくれていますよ。」
「そうですか」
うまく話せない珊瑚に代わり法師が言葉を引き継いだ。




(後篇)



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