(後篇)



『其の人が最上。迷うな。』


「…その人ってどの人よ…」
珊瑚は森の中の少し開けた場所に寝転がり、おみくじを睨みつけていた。
訳のわからない文字が羅列してある紙切れを見ていても何も浮かんではこない。
どうしたいのか?それは分かっている。
伝えられるものなら伝えたい…己の気持ちを。
だけど、反応は目に見えている。
いつものようにふざけた調子で「私もですよ」と手を握られるか、やんわりと、だが本気で断られるかの二択だ。
「はぁ」
ため息をこぼし、目を瞑りおみくじで顔を覆う。
しばらく黙って森の音に耳を澄ましていると、風が吹き、おみくじ飛んで行ってしまった。
が、珊瑚は目を固く閉じたまま微動だにしなかった。

「…おい」
がさっと草を踏み分ける音とともに、緋色の人影が現れた。
「…」
珊瑚はそれでも目を開けない。
「何してんだ…弥勒が必死こいて探してるぞ」
「…なんで」
その人物―犬夜叉は、ようやく反応を示した珊瑚に安堵したように表情を緩めた。
「知らねぇ。突然庵に飛び込んできたと思ったら、おめぇがいねぇことが分かった途端血相変えて引き返していきやがった」
「…で、何であんたがここに?」
「いや、その時弥勒が落としてった紙を拾ったかごめがそれを見て、俺に弥勒より先におめぇを見つけてこいって追い出されたんだよ」
「紙?」
「ああ、おみくじだろ、多分」
「…」
おみくじという単語に反応し、珊瑚はきゅっと眉をひそめた。
正直嫌気がさし始めている。
そのおみくじもどこぞの娘にばらまいたうちの一つなのだろう。
納まりかけていた鬱々とした気持ちが再び珊瑚の心を支配し始める。
「ま、とにかく帰ろーぜ」
と、犬夜叉は踵を返すも、珊瑚がついてくる気配はなかった。
それどころか再び目を閉じてしまう。
「おまえなぁ…」
呆れた犬夜叉は珊瑚のそばにしゃがみ込み、無理やりに立たせようとその腕を取った。
もちろん、珊瑚の体は軽々と持ち上がる。
が、珊瑚も負けまいと、途中まで立ち上がりかけたところで思いっきり腕を引いたため、バランスを崩してしまった。
「あ、おい!」
「ひゃあ!」
ずるっと足を滑らせた珊瑚の上に犬夜叉が覆いかぶさる。
慌ててどこうとするも、珊瑚の手が犬夜叉の衣をしっかり握っており、無理に離れられなかった。

「…泣いてんのか」
珊瑚は頑なに目を閉じている。
「…なんで」
「こっちが聞きてぇよ。弥勒がお前を探してるっつてんだろ」
「…なんで」
「だから知らねぇって。何でもいいから手はなせ」
「やだ」
「訳わかんねー」
「…やだ」
犬夜叉は再びため息をついた。
「何をそんなに悩んでんだ」
「…」
犬夜叉の静かな一言にふっと心が揺れた。
言ってしまおうか、抱えているこの思いを。
もしかしたら、こいつに言うのが一番いいのかもしれない。
無駄に同情されたり、無理に押し出されることもないだろう。
(決してかごめを否定しているわけではないのだと、彼女の名誉のために付け加えておく)

「…自信がないんだ」
「…なんの」
「自信が、ないの…」
「…」
珊瑚の目の端がじわりと濡れ、鈍く光る。
犬夜叉は彼女の上に乗っかったまま、小さくため息をついた。
その呼気が珊瑚の頬にかかる。
「…俺だって別段自信があるわけじゃねえ…自信なんて、なくてもいいんじゃないのか。」
「…」
「必要のない自信なら持たなくていいだろう?」
「…?」
涙をためたまま珊瑚は目を開く。
潤んだ瞳に間近に見つめられ、わずかに犬夜叉はたじろいだ。
「いや…努力できることならお前ならとっくにしてるだろうし、たぶん努力じゃどうにもならねぇことなんだろう?」
「…」
「そのままでいいんじゃねぇか。自信がないことに落ち込むよりも、持てることだけに自信を持ってればいいと思うぜ。ま、要は余計なことは考えない主義なんだよ、俺は」
(単に馬鹿なんじゃ…)
と思いつつ珊瑚は、自信がないと言った犬夜叉が自信満々に告げた言葉を、頭の中で繰り返してみる。
(自信を持てることって何だろう)
退治屋の里長の娘であること。里一番の手練れと呼ばれていたこと。
飛来骨のコントロールは寸分の狂いもないとか、家事や子守がそこそこできるとか。考えればもう少しあるだろうか…
…いや、そういうのではない。分かっている。
脳裏に浮かぶのはあの(ひと)の笑顔。
可愛くもなく、たおやかに笑えるわけでもなく、女らしく振舞えるわけでもなく、面白い話ができるわけでもない。
そんなあたしが、唯一、自信を持てること。

―法師様をどうしようもなく好きだということ。

そう、これだけは胸を張って言える。
「…そうだね」
犬夜叉の表情はどこか誇らしげで、触れ合う部分はとても暖かく、そして力強かった。
珊瑚がほっとしたついでににっこりと微笑むと、つられて犬夜叉も笑った。
が、その刹那。
「てめーーーー!!!!」

どーん

派手な音が響き、珊瑚の上から犬夜叉が吹っ飛んだ。
驚いた珊瑚は慌てて半身を跳ね起こす。
「犬夜叉…!法師様!?」
吹っ飛んだ犬夜叉の上にまたがり首元をぐいぐい締め付けているのは他でもなく、珊瑚が大好きな男だった。
珊瑚の声に我に返った弥勒は犬夜叉を放り投げ、彼女の胸元にダイビングしてきた。
「きゃあ!」
再び仰向けに転がる珊瑚。
「ああ珊瑚無事ですか!何もされていないか!?」
法師はがっちり珊瑚の腰に腕を回し、その豊かな胸元に顔を埋め、すりすりと頬を寄せている。
珊瑚を抱く弥勒の腕は犬夜叉よりももっと力強く、密着した体は温かいを越して熱かった。
珊瑚の体温が急上昇する。エネルギーゲージはぐんと上がって、満タンになった。

「こんの、助平法師いいいいいいいい!!!!」

珊瑚の容赦ないげんこつが鮮やかに決まり、弥勒の息の根が止まった。


「いやぁ、あのおみくじ結構当たりますなあ」
帰り道、たんこぶをさすりながらへらっと笑う弥勒に、珊瑚と犬夜叉は冷たい視線を送る。
「何が書いてあったんだよ」
「まぁいろいろと。…とにかく珊瑚が無事でよかったです」
弥勒は笑顔のまま犬夜叉を射るように見やる。
「さっきのは、事故だと何度言えば!」
「あの体勢のまま微笑みあっているように見えましたが?」
「あ、あれはだな…!」
「こっちも、いろいろあんの。」
犬夜叉があたふたと赤くなっている横で珊瑚がしれっと答える。
「私に隠し事ですか?」
「いいだろ別に」
珊瑚はつんと、そっぽを向いてしまう。
はぁ、とため息をついた法師だが、別段怒った様子も呆れた様子もなかった。

「ところで、お前のおみくじには何が書いてあったのですか?」
弥勒に問われた途端、内容を思い出した珊瑚は、さっと頬を赤らめた。
「し、知らない!あたし字なんて読めない!」
「『其の人が最上。迷うな。』」
「!」
耳に届いたその言霊。
珊瑚を舞い上がらせたそれを放ったのは、彼女の思う”其の人”自身だった。
「な、なななんでそれを…!」
「迷うな、ですって。その人とは誰のことでしょうねぇ」
にやりと笑い弥勒が懐から取り出したのは先ほど風で飛んで行った珊瑚のおみくじ。
「待ち人は『すでに()ぬ』だそうですよ?」
「ええいうるさい!返せ!」
これ以上からかわれてはたまらぬ、と珊瑚はおみくじを必死に取り返そうとしている。
が、頭一つ分背の高い彼がひょい、とその手を高く掲げてしまえば届くはずもない。

しかし。

「『恋愛:横恋慕される。待ち人:逃げていく』」
「…え?」
ぼそっと呟かれた犬夜叉の声に、珊瑚は首を傾げ、弥勒は慌て始めた。
「あ、てめ、こら!それをどこで!」
「…お前、これ見て、珊瑚を探し始めたのかよ」
阿呆らし…と目を眇める犬夜叉を見やり、そのままちらりと法師の様子をうかがう。
弥勒はこほん、と咳払いをひとつ。
少し照れたような彼の表情に珊瑚は目を見開いた。
(横恋慕、ってそれじゃまるで…)
さっきまでわめいたはずの珊瑚の動きが完全にフリーズした。
「あらあら」
そんな珊瑚を柔らかく目を細め法師が見つめる。
「おーい」
法師が珊瑚の顔前で手をひらひらさせるとはっとした珊瑚の頬は見る間に真っ赤に染まっていった。
「大丈夫ですか?」
弥勒の問いには答えられず、耐え切れなくなった娘は頬を抑えてその場を走り去ってしまった。

「おかえり」
楓の庵では、かごめが出迎えてくれた。
「どうしたの珊瑚ちゃん。顔真っ赤。弥勒様と会えた?」
「な、なんでそこで法師様が…」
「珊瑚ちゃんのこと必死で探してたみたいだったから」
かごめは意味ありげに笑うも珊瑚には伝わらない。
「あ、ああ…そういうことね。」
珊瑚は呼吸を整えると、かごめを上目使いで見つめる。
「あ、あのさ…」
「ん?」
「幸せ…少しもらえたかもしれない」
「え?何かあったの?」
かごめの目が輝き嬉々として聞き返す。
「いや、何かあったわけじゃないけど…頑張れそうな気がする…」
途中で恥ずかしくなり、語尾はだんだん小さくなる。
そのままうつむいてしまった珊瑚に、かごめは優しく微笑みかけた。
「珊瑚ちゃんなら大丈夫だよ!」
「…うん」
蚊の鳴くような小さな声を発し、下を向いたままこくりと頷いた珊瑚の表情は、ちょっぴり幸せそうであった。


「…待ち人、逃げて行ったぜ」
取り残された男性陣もとぼとぼと歩き出した。
「…うるさい。」
法師は舌打ちをして、犬夜叉を睨む。
珊瑚の姿が見えなくなった瞬間、目に見えて法師の機嫌は急降下していた。
「…だいたいお前、字、読めたんか」
「ガキの頃、少々たしなんだ」
「たしなむとかお前が使うと腹立つな」
「…おめぇ、苛立ちすぎだ」
言葉づかいに表情、珊瑚の前とのあまりの違いに、犬夜叉は今日何度目かのため息をついた。
「…追いかけなくていいのか」
「…あまり、期待を持たせたくはない…今は。」
「何をまた訳のわからんことを…」
「分からんでよろしい。」
立ち止まり、呆れたような目で振り返った犬夜叉を、法師は悠然と追い越して行った。
「…ほっんと、わけわかんねー」
けっと呟く犬夜叉の前方を法師が歩いていく。
その顔は、僅かに綻んでいた。



 それは女の子にほんの少しの自信を与えました。
 それは男の子にほんの少しの勇気を与えました。

 二人の思いは実を結ぶでしょうか?
 ―ええ、きっと。

『フォーチュンクッキー』は、幸福を運ぶラッキーアイテムなのだから。


(前篇)


あとがき
また落ち込んではちょっとしたことで元に戻るちょろい珊瑚ちゃんを書いてしまった←
もっと違う感じの書きたいです…(´・ω・`)
しかもまた気持ち悪いポエムってしまった…。
だから、みんなの識字率なんて私には…(ry


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