I'll be…Won't you stay?
We'll be 罪を捨て僕らずっと共に歩こう
永遠んて言わないからさ 5、60年それだけでいい




STAY (前篇)


「では私はこちらを探しましょう」
そう言って弥勒は仲間を置いて一人スタスタと歩き出した。
「ちょっと…!」
慌てて珊瑚が後を追う。
弥勒が向かった先にはきゃらきゃらと明るい女の声が響いている。
畑仕事の合間の休息の時間を、おしゃべりに興じているのだろう。
「法師さま!何しに来たと思ってるの!?」
弥勒は聞こえないふりをする。
呆れた様子で二人を見送る仲間たち。
「あたしたちはこっち探そう。気になることがあるの。」
「あ?」
かごめは、犬夜叉と七宝を連れて弥勒とは反対の方向に歩きだした。
もちろん、弥勒と珊瑚を二人きりにしてやりたいという思いもあったが(事実二人きりになれるかどうかはさておき)、
村の奥の方から不思議な気配を感じたのだった。


一行がその村に立ち寄ったのは、歩き詰めの体を休めたかったのもあるが、
その村から何か神聖な空気が漂っていた、
と弥勒が言い張ったためである。
「かごめ、四魂のかけらの気配はあるか?」
「ううん…でも確かに不思議な感じだわ、この村。」
「とにかく、行ってみよう。何か分かるかもしれないよ。」
「ああ。奈落よりも先に最後のかけらを見つけねばならんからな…」
かくして村に入って早々、法師は仕事を放棄したわけである。


「ちょっと法師さま聞いてんの!」
「この場合、村の方から話を聞くのが早道でしょう。」
「あんたの目的はそれだけじゃないでしょ!」
「…」
「ちょっと!」
その間も弥勒はずんずん進んで行く。
随分ゆったり歩いているように見えるのに、実際は恐ろしいほどの速さらしく
珊瑚が小走りで追っても距離は離れていくばかりである。
そうして遂に娘たちの輪に実にさりげなく入る弥勒が遠くに見えた。
「待て、助平法師!」
輪から引きずり出すべく、走り出そうとした刹那、眼前に人影が現れた。

珊瑚は足を止め、突然現れた人影―珊瑚より少し年上であろうその娘を見つめる。
「…何か用?」
「あんた、あの坊さんの何なの?」
「は?何さいきなり。」
―そう言うあんたこそ法師さまの何なんだ
「あたいはずっとあんたたちの様子見てたけど、あんた全然相手にされてなかったね」
珊瑚は眉をひそめて相手を見やる。
むっとしたが、ここでけんかを買ってもしょうがない。
「…法師さまは、旅の仲間で、大事な用を放り出して遊ぼうとしてるから止めに来たの。分かったらそこ、どいてくれる?」
何でこんなこと説明しなきゃいけないのさ。
内心の苛立ちを抑え、極力穏やかに答える。
しかし相手は追い打ちをかけてきた。
「そういうあんたこそ坊さんの後を追いかけまわして、その大事な用とやらをしてないじゃないか」
「あんたには関係ないだろ!」
ついつい語気を荒げてしまった。
息を整え無視して行こうとするが娘に再度行く手を阻まれた。

「…やめときなよ」
「何が?」
「あぁいう類の男はさ。あんたの手に負える相手じゃないよ。あたいには分かる」
娘は自嘲気味に目を逸らした。
「は?」
「あたいの亭主も周りに女の絶えない男でさ」
娘は唐突に告白を始める。
無視してもよいのだろうが、なぜか珊瑚の歩みは止まってしまった。
「亭主…?」
「あたいだけを見てるなんてことは一度もなかった。」
ふっと、娘は哀しそうな顔で珊瑚に視線を戻した。
「それでも、子どもができたら変わるだろうと思ってたんだけど…」
「…あの…」
娘の言わんとしていることがなんとなく分かってきた珊瑚は顔を赤くして口ごもった。
「あたいは捨てられたんだ。」
「それは、気の毒な話だけど…」
「やめといた方がいいよ。」
「べ、別にあたしと法師さまはそういう仲じゃ…」
「あの坊さんだって、そう。」
そして娘は困った様子の珊瑚の目を見据えて言った。

「いつまでもあんたのそばにはいてくれないよ。」


何でこの娘はあたしにこんなこと言うんだろう?
しかし、悲哀に満ちた女の科白に珊瑚は何も言えなかった。
最初に感じたむかつくという印象は一切影を潜めている。
しばらくの沈黙の後、娘は表情を消し、告げた。
「…引きとめて悪かったね。大事な用があるんだろ?」
苦笑いを残し、法師を囲む女の集団のほうに歩いて行った。

―何?この嫌な感じ…
珊瑚はしばらく立ち尽くしていたが、突然踵を返して駆け出した。
彼女の後ろを小さな猫又がついていく。
雲母は主人の気持ちを察したように変化し、珊瑚をその背に乗せた。
そうして高度を上げ、ただゆっくり法師から離れて行った。

突然自分から離れて行く娘を遠くに見つけ法師はおや?と首をかしげた。
不思議と胸がざわついた。




珊瑚は泣いてはいなかった。
ただひたすら娘の言った「いつまでもそばにはいてくれない」という言葉を反芻していた。
全くその通りだと思った。
旅が終われば、法師の性格から考えると、仲間のもとを去るに違いない。
夢心の寺に戻るのかもしれないし、また一人旅をするのかもしれない。
おそらくは後者だろう。そうして各地の女の手を握って回る。
そんなことより、旅が終わらなければ。
弥勒は確実に―
ふと、愛猫が己の方を気遣わしげに見ていることに気付いた。
「ごめん、雲母」
普通の猫にするように喉元をそっとなでてやる。
「珊瑚ちゃーん」
眼下に、手を振るかごめと七宝、そして興味無さそうにつったっている犬夜叉が見えた。
珊瑚は深呼吸をして気持ちを整える。
「雲母、降りてくれる?」
雲母はかごめたちの前に降り立った。


雲母から降りた珊瑚に、一目散にかごめが寄ってくる。
「珊瑚ちゃん、社の裏の大木見た?」
妙に嬉しそうな声である。
「いや、見てないけど…」
「そっかー」
そしてかごめはきょろきょろとあたりを見渡す。
「弥勒さまは?」
「…女口説くのに忙しいみたいだから放ってきた」
「えー…困ったわね」
「だから、探したって意味ないって言ったんだ」
「うるさいわね」
ぎろっとかごめが犬夜叉を睨む。
「つーかどうでもいいだろ、そんなもん」
「よかないわよ!」
「ただの迷信だろ、もう行こうぜ」
「駄目よ!」
「あ、あの何の話?」
今にもけんかが始まりそうな二人を、取り残されていた珊瑚が止める。
「あぁ、ごめん。その大木なんだけど。」
「うん」
「この村の不思議な感じを探ってたら、その大木にたどり着いて。」



それは少し遡る。
「犬夜叉この樹」
「ああ?これがどーした」
「不思議な感じが強いの。村の外から感じた妙な感じ、この樹から発せられてるんじゃないかしら?」
「おらには分からんが」
「うーん、何なんだろう、この樹。お札とかもないし…」
その樹を矯めつ眇めつしているかごめに背後から声がかかる。
「その樹は『大國魂大神おおくにたまのおおかみ』の化身といわれておる」
かごめたちはいっせいに振り返った。
一組の老夫婦が立っていた。
「おおく…神さま?」
特段怪しいところもなかったので続きを促した。
「ああ。しかしその大樹には邪な妖怪が巣くっていての。その妖怪を退治したら、大國魂大神がどんな願いをも叶えてくれるのじゃ。」
「…」
とは言え、その話の内容までが怪しくないとは言えないようだ。
その胡散臭さに誰もが目を細める。
「け!結局また妖怪退治かよ」
「いんや、ただの妖怪退治ではないぞ。」
老人は待ってましたというように嬉々として語りだした。
「その妖怪は想いあう男女の心によって滅せられるのじゃ。」
「は?」
「その妖怪は邪なゆえ、清き男女の絆に浄化されてしまうのじゃ。そうして妖怪を払ってくれたお礼として
大國魂大神は二人の願いを叶え、願いがかなった暁には二人は必ず結ばれるのじゃ。」
そうして老人は傍らの妻と思しき老婆に目を向ける。
とたんしわくちゃの老婆の頬が染まる。
「…ということは、お爺さんたちがもう退治したのね?」
「いやいや、邪な妖怪はすなわち邪な心。大國魂大神は小心者ゆえ、すぐに妖怪に取り憑かれてしまうのじゃ。」
ますます胡乱な目つきになる一行。
「退治するたびに、夫婦が増えていくでな。この村は活気が満ちておって良いわ。わっはっは」
老人は傍らの妻の肩に手をかける。
犬夜叉と七宝は呆れたように老人を見ていた。
「のう、このお爺、惚気たいだけではないのか?」
七宝がぼそっと呟いた。

ここで、今まで黙って様子を眺めていた老婆が口を開いた。
「妖怪が本当にいるのかはわかりませんが、此の大木の下、強い絆の男女が祈れば必ずその二人は結ばれます。
そうして結ばれた夫婦を私は何人も見てきましたので。そういう御利益は確かにあるのです。」
その瞬間かごめの目が煌めいた。
「おじいさん、おばあさんありがとう!!」
そう言うとかごめはその他全員を残し駆け出して行ったのである。
「お、おい待てかごめ!」
そのあとを犬夜叉が慌てて追う。
「おらを置いていくな!…またな!」
さらに七宝が老夫婦に手を振って去って行った。
「かごめ!犬夜叉!待たんかい!」


「というわけで、弥勒さまと珊瑚ちゃん二人で行ってもらおうと思ったんだけど」
珊瑚はわずかにこわばったが、何気ない顔で続けた。
「なんで!あたしが法師さまと結ばれなきゃなんないのさ!それよりかごめちゃんと犬夜叉がその場で祈ってきたらよかったのに。」
「それはだめよ」
「何で?」
「だって…」
「だって?」
「…あたしと犬夜叉が結ばれたら、ちょっと立場が微妙な人が出てきちゃうもの。」
どうしても、弥勒と珊瑚を結び付けたいかごめは自虐をも厭わない。
その場にいた誰もが凍りついたのは別として。
「…桔梗のことを言っとるんじゃろうか…?」
「しっ!七宝、静かに!」
珊瑚に窘められ慌てて口をつぐむ七宝だった。
「ん、ん!」
わざとらしく咳ばらいをしたのは犬夜叉である。
「そんな話どうでもいいだろ!ここには四魂のかけらはねぇんだろ?もう行こうぜ」
「何言ってんのよ!こんなおいしい話そうそうないわよ!」
「何がおいしいんだ、つーかただの迷信だろ」
「現にあのおじいさんとおばあさんはあの大木のおかげで結ばれたって言ってたじゃない」
「だったら何だっていうんだ。大体、本人が嫌がってんのに何で弥勒と珊瑚を結び付けるんだ」
「そ、そうだよ」
「あ〜珊瑚ちゃんまで〜」
頭を抱えるかごめ。そこで、七宝が恐る恐る口を開いた。
「あの〜、その大木は男女を結ぶだけでなく、願いを叶えると言うではないか。」
「そうよ!それなら弥勒さまも飛びつくわ!願い事多そうだもの!」
かごめは再び勢いを取り戻すも、続いた台詞に腰を抜かす。

「しょうがない。じゃあ間をとって俺と珊瑚で行こう。」
「は!?」
これにはその場にいた誰もが驚嘆を上げ、呆れた顔で犬夜叉を見た。
「あんたね〜!」
「何の間だ!」
「犬夜叉、かごめに桔梗だけでは飽き足らず珊瑚まで…!」
「ち、ちげーよ!!」
「何が違うのよ、この三股犬!おすわり!!」
「うえ!」
「かごめ、珊瑚、おらがどちらかといってやる!こんな男どもに二人を任せられん!」
「七宝てめ〜」
犬夜叉はゆっくり起き上がる。
「あのな、人の話は最後まで聞けよ。」
「何さ。」
「弥勒はいねえ。かごめと俺じゃごたごたする」
一体誰のせいだとかごめは犬夜叉を睨むが、犬夜叉は意に介さず続ける。
「そもそもこれは妖怪退治なんだから、俺と珊瑚でいいだろう。」
「お前、珊瑚と結ばれたいのか?」
呆れた七宝が尋ねた。
「そんなの、結ばれなくていいって祈りゃ叶えてくれるだろ」
犬夜叉は大体、そんなもんで結ばれてたまるかとぶつぶつ言っている。

「行ってももいいよ。それで、願いが叶えば儲けもんだしね」
「で、でもね珊瑚ちゃん。もうちょっと待てば弥勒さまが来るかも…」
「…法師さまは関係ないよ。あたしと犬夜叉なら仲間としての絆は十分あるし。」
「おう!とっとと行こうぜ!」
何でそんなに乗り気なんだこのバカ犬ー!
と叫ぶより前に、あろうことか珊瑚をおぶり犬夜叉は駆け出して行った。
「珊瑚ちゃんは意地張ってるだけだろうけど…」
「一体犬夜叉は何を考えとるんじゃ」
「みぃ」
後には残された面々の呆れたような溜息が響くのみであった。




(後篇)




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