(後篇)


「この樹だ」
「へぇ。立派な樹だね。確かにご利益ありそうだ。」
「そうか?」
「でも何の妖気も感じないんだけど」
「あぁ。俺の鼻にも妖怪の臭いはしねぇな。」
「やっぱり作り話だったのか」
「そんなことだろうと思ったぜ」
「まぁ、折角だから願い事だけでもしていこうよ。」
「…俺は信じちゃいねぇけどな」
「ねぇ、願い事って一つしかしちゃ駄目なのかな?」
「あぁ?」
「だってさ、一つだけだったら、『あたしたちは結びつけなくていい』っていうのだけで終わっちゃう」
「それは願い事じゃないだろ」
「そうかな」
「それは別として…一人一つぐらいはいいんじゃねぇか?」
「そうだよね?」
そして二人は考え込む。

「やっぱり、あたしの願いは奈落を倒して、琥珀を取り戻すことかな」
―そして彼の呪いが解けること。
「で、犬夜叉の願いは?」
「…何で言わなきゃなんねぇ」
「やっぱりかごめちゃんと桔梗、両方とうまくやって行くこと?」
「ば、ばかやろー。そんなわけねぇだろ」
「え、どちらか選べるの?」
「選ぶとかそういう問題じゃ…」
「もうはっきりしないんだから。」
「おめぇには関係ねぇだろ」
「じゃ、何願うの?」
ねぇねぇと好奇心いっぱいに詰め寄る珊瑚。
後ずさる犬夜叉。

が、何かの気配を感じ立ち止まった。
「二人きりでこそこそ何をやってるんですか」
「…弥勒てめぇ遅いぞ」
雲母とともに現れた弥勒は怖いくらいの笑顔だ。
が、怖いのも当然。その目は一切笑っていない。
「何でそんなに怒ってんだ」
「いえ、犬夜叉が二股では物足りず、ついに珊瑚にも手を出すべく、
村はずれまで連れ込んでいったとかごめ様に泣きつかれましたので、仕置きでもしようかと。」
そういって笑顔のまま、錫杖を振り上げる弥勒。
「おい待て!話がおかしなことになってるぞ!」
なんとか弥勒の制裁をかわすも、弥勒の怒りは収まらない。
「おまけに、来てみたらその密着でしょう?許せるわけがありませんよね。」
「珊瑚、黙ってないで説明しろ!」
が、珊瑚はがっと犬夜叉の腕をとった。
「とっとと願い事しよう」
「おい、話をややこしくするな」
「珊瑚、私を裏切るのか!」
「裏切るも何も法師さまは関係ないだろ?」
「では、かごめ様を裏切るのか!」
どうやら、かごめから此の大木については聞いているらしい。
「別に犬夜叉と結ばれるつもりはないし、奈落を早く倒せるようにって祈るだけ」
先ほどとは一転、絶望に浸っている弥勒(わざとらしい)と、なぜか怒っている珊瑚の狭間で犬夜叉は対応に困った。
「…俺は行くぜ。もともとかごめはおめぇら二人にやらせるつもりだったんだ。大体俺はこんな胡散臭い話は信じちゃいねぇからな」
珊瑚の腕から逃れた犬夜叉はじゃあな、と言ってかごめや七宝のもとへ向かった。

「…珊瑚」
「何」
―何で来るのさ
珊瑚は弥勒に顔を向けられない。
先ほどの娘の言葉を思い出していたからだ。
―いつまでもそばにはいてくれない
「いきなり居なくなるから心配しましたよ」
「何で遊んでる法師さまと一緒にいなきゃなんないの」
「ずっと私の後を追ってくれていたじゃないですか」
「そ、それは注意しようと思っただけ」
そっと珊瑚の背後に忍び寄った弥勒は彼女の耳元で囁いた。
「だめですよ、私のそばを離れては」
が、珊瑚は勢いよく振り返りいきなり平手打ちを喰らわした。
驚いて目を瞬かせる法師。
「あたしから、離れて行くのは法師さまだろ!」
「はい?」
途端、珊瑚は今まで堪えていた涙をポツリポツリと零し始めた。

「珊瑚…何かあったのか?」
「…い、いいの!ほ、と…ほっといてよ…」
「私はいつでもお前のそばにいますよ?」
「うそだ」
「嘘ではない」
「それに、いなくていい」
「いいえ、嫌と言われてもいます」
「…じゃあ」
「?」
「後何年」
「…え?」
「後何年一緒にいてくれるの!?」

少し考え込むように俯いた弥勒は、顔を下に向けたまま呟いた。
「…数年…でしょうな」
やっぱり。旅が終わろうと終わるまいとこの人は自分から離れて行く。
「数年…」
ここで弥勒はふっと笑いおどけた様に言った。
「おや、不満ですか?あと数年とは即ち、私の一生を指すんですよ?」
珊瑚は目を見開いて、固まった。大きな瞳からはいまだ涙が流れている。
「一生そばにいてあげますから」
珊瑚は思いっきり首を横に振る。
「死ぬ瞬間まではちょっと勘弁願いますが、死ぬ直前までいてあげます。」
自分でもなぜ言ってしまうのか分からないが、はっきりと残酷なことを言っている自覚がある。
―永遠に居てやるとは言えない、が、一生居てやるとなら約束できる。
約束しておけば彼女が離れて行くことはない。
そう思うから言ってしまうのだろう。
残り少ない人生をどんな形でもいい、珊瑚のそばで生きて行きたい。

ふと珊瑚は首の動きを止めて口を開いた。
「…一生って言うなら。」
「?」
「四、五十年は見積もってよ!」
「珊瑚…」
そして涙をぬぐい、笑顔を浮かべると、先刻犬夜叉にしたように、いやそれよりも力強く弥勒の腕をとり、大木の前に歩み寄る。
「大國魂大神様!この人一生あたしに付きまといたいみたいだから、早く奈落が倒せるように手引きお願いします!!」
「…付きまとうとはひどい言い様ですな」
「あたしの一生はあと五十年くらいはあるから、法師さまも同じくらいないと対等じゃないでしょ?」

「…そうだな。」
―強いな、珊瑚は。いつでも前を向いている。
弥勒は傍らの娘を愛しげに見つめる。
「珊瑚」
「な、何」
弥勒はにっこりと笑顔を向けて徐に口を開いた。
「一生そばにいてあげます」
「別に、そばにいてくれなくてもいい!」
「おや、私と結ばれたくて祈ってくれたのではないのですか?」
「違う!一生があと数年じゃあんまり可哀そうだからお願いしてあげただけ!
ほら、法師さまもお願いして。これ、二人でしないとだめだと思うよ?」
「そうだな…一刻も早く奈落を倒せますようお願いいたします」
「妖怪退治なら、一応破魔札とか貼っておいた方がいいかな」
ねぇどう思う?と見上げてくる珊瑚を見つめ返し、弥勒がくすりと笑う。
「なによ」
「いえ、珊瑚はどうしても私と結ばれたいのだなと思いまして。」
「どうしても奈落を倒したいのだなとは思わないわけ!?」
「どちらも同じことです。」
「全然違う!」
―奈落を倒し呪いの解けた、清き身体なら珊瑚とともに生きることを許されるであろう


「あ、弥勒さま、珊瑚ちゃん」
雲母に乗った二人が帰ってきた。
弥勒と別れた後、かごめは再び遭遇した老夫婦の家でお茶をすすっていた。
「二人ともお茶とお菓子あるわよ?」
「おや、これはありがたい。」
「賄賂よ、賄賂。」
「賄賂?」
「ううん。なんでもない」
微笑むかごめ。
その傍らには団子を貪る七宝と犬夜叉。
「どうだった?」
「奈落を早く倒せるように祈ってきました。」
「それだけ?」
「珊瑚に一生そばにいてほしいと頼まれました」
「違うだろ!」
「あはは」
―どうなるかと思ったけど、うまくお祈りできたみたいね。
かごめは安堵したように微笑んだ

「ところで、あの大木は随分奥まったところにありますな。雲母や犬夜叉ならともかく、おなごの足では時間がかかったのでは?」
と、弥勒はここに帰るまでの道中を思いながら尋ねた。
「ああ、犬夜叉におぶってもらった」
「…なんと?」
「珊瑚は俺がおぶって連れてったんだよ。雲母にはかごめについていてもらおうと思ってな。」
「ということは犬夜叉」
「あ?」
「お前、珊瑚の尻に触れたな!」
「ふ、触れたかもしれないが、別におぶってるんだからしょうがないだろ!
つーか何でいつも珊瑚の尻なでてるてめぇに怒られなきゃなんねぇんだ!」
「問答無用!成敗!」
はたから見れば―実際そうなのだが―嫉妬している法師に胸が高鳴る珊瑚であった。
「おお嫉妬しとる、嫉妬しとる。いい感じじゃ。」
老人がつぶやく。
「そうでしょ?この二人は必ず結んで見せます!」
「結ばれた暁には思いっきり大木のことを噂して回ってくださいね。」
「もっちろん。」
「ありがとうございます。飯も寝床もちゃんと用意してますから。」
村おこしに協力―大木の伝説を裏付けるとういう方法で、今夜の宿をとったかごめは
「弥勒さまに似てきちゃったわ」と苦笑するのであった。

一方弥勒は、突然標的を犬夜叉から珊瑚に変えて叫んだ。
「犬夜叉に触らせたのだからもちろん私にも触る権利がありますよね!」
「なんでそうなるの!」
とっさに尻をかばう珊瑚を見つめて思う。
―永遠は無理でも一生なら…そんな希望を持てたのは、お前だからだ、珊瑚。お前の言うとおり、数年じゃあまりに短いな。
「なるほど、五十年か…」
「?」
五十年くらいなら―なんだか生きていける気がする。
「ずっと一緒にいましょうね」
これはプロポーズでは?と思うかごめだが珊瑚は全く気付いていないらしい。
「ま、珊瑚ちゃんもそのうち気づくわよね」
と微笑みながら、お茶をすするかごめであった。

これは、しびれを切らした弥勒が、本当にプロポーズをするほんの少し前の出来事
優しく構える巨木の御利益か否かはまさに神のみぞ知る、ところである



(前篇)


あとがき
謎のオリキャラを散らかしてすいません。
伝説が子どもっぽい思考で心よりお詫び申し上げます。
神様は縁結びで検索して引用したのでどなたなのか全く存じ上げません。お恥ずかしい限りです。
原曲では残り5.60年の寿命をとりあえず10年マイナスしときました。
当時の寿命ってなんぼや。


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